【古代天皇誌】仁賢天皇 後継の兄は石上広高宮で即位 (3/3ページ) - 産経ニュース

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古代天皇誌

仁賢天皇 後継の兄は石上広高宮で即位

 仁賢紀には、皇后の宴席でのマナーについて、次のような話を載せています。

 難波小野皇后(なにわのおののきさき)(顕宗天皇の皇后)は、礼儀に従うことができずに自殺しました。その理由は、次のようなことです。

 顕宗天皇の時に、皇太子であった億計王は、宴席で瓜を食べるのに、瓜を割る刀子がありませんでした。そこで顕宗天皇は、自分の刀子をとって億計王に渡すように皇后に命じました。ところが皇后は、立ったまま刀子を瓜の皿におきました。また、その宴席で酒を酌んで、立ったまま皇太子を呼びました。立ったまま宴席で振る舞ったことによって、罰せられることを恐れて、自ら命を断ったと言います。

 しかし、天皇の皇后となる女性が、マナーを知らなかったために自殺するとは、想像できません。おそらく、『日本書紀』には書かれなかった複雑な事情があったと思われます。(県立図書情報館長・帝塚山大特別客員教授 千田稔)