IT業界の狂犬ジョン・マカフィーと頽廃の王国

 2012年12月5日、かつてセキュリティソフトで名を馳せたジョン・マカフィーが逮捕された。カリブの小国ベリーズのジャングルに身を隠し、銃と女と犬に囲まれ、「たったひとりの王国」を築き上げたIT長者の人生の旅路。殺人容疑を課せられ進退窮まった現代の「カーツ大佐」。その心の、闇の奥へ。

空砲を撃つような現実

 問題になっている殺人事件の12週間前、ジョン・マカフィーは、スミス&ウェッソン製のリヴォルヴァーのシリンダーを開くと、わたしと彼を隔てるテーブルにバラバラと弾を落としてみせた。弾のうちいくつかは床に落ちた。マカフィーは66歳。やせ形だが筋肉質で、ひじから手首にかけて血管が浮き出ている。髪はまだらに脱色され、肩から腕までタトゥーを入れている。

 彼が25年以上前に創設したウイルス対策ソフトウェアメーカー、マカフィー・アソシエイツは、次第に人気を獲得していき、2010年には76億8%2C000万ドルでインテルに買収された。マカフィーはいま、ベリーズ本島から24km離れたところに所有する島のバンガローでひっそりと暮らしている。窓には日よけが下ろされており、わたしのところからは外に広がる白い砂浜もターコイズブルーの海も断片的にしか見えない。テーブルには弾薬の箱、マカフィーの写真入り偽造IDカード、熊撃退スプレーなどが積み上がり、なぜか赤ん坊のおしゃぶりまである。

 マカフィーは床に落ちた弾を拾い、わたしを見た。「ここに弾がひとつあります」。ヴァージニア州での幼少期に染みついた南部訛りを隠さずに言った。

 「銃を置いてください」とわたしは言った。ベリーズ政府がマカフィーを私有軍組織とドラッグ貿易の罪で訴えているのはなぜかを知るために、わたしはここに来たのだ。テクノロジー産業で起業して大成功を収めた人が中央アメリカのジャングルに姿を消してドラッグディーラーになるなんてありえないと思っていた。しかし会ってみると、それもありうるかもしれないと思えてくる。

 だが彼はあくまで、罪はでっち上げだと主張する。「起こったとされる出来事も、実は起こっていないかもしれません」と彼はわたしをじっと見て言った。「ちょっと試してみましょうか?」。

 そう言って彼は、拾った弾丸を先ほどのリヴォルヴァーに入れ、シリンダーを回転させた。「怖いでしょう?」と彼は問う。そしてリヴォルヴァーを自分の頭に突きつけた。わたしの心拍数がぐっと上がる。「ええ、怖いですとも」。「こんなことやめましょう」と言うと、「確かにやる必要はありません」と彼も認めたものの、銃口は依然として彼のこめかみに当てられている。そして引き金が引かれた。何も起こらない。彼は素早く3回、さらに引き金を引いた。リヴォルヴァーには5発しか弾が入らない。「銃を下ろしてください!」。

 彼はわたしをじっと見つめたまま、5回目の引き金を引いた。何も起こらない。そのまま彼は何回も引き金を引いてみせた。撃鉄がカチカチいう音に合わせて「一日中でも引いていられますよ」と彼は言った。「何万回でも引けます。そして何も起こりはしません。なぜかわかりますか? あなたは重要なことを見落としているからです。事実と異なった現実をもとに、物事を考えているからです」。

 同じことがベリーズ政府の訴えにも当てはまると彼は言う。そういった訴えが、まるで煙幕のように事実を歪めようとしているという。しかし、ある夜明け前の暗闇の中で問題が起こったという点は誰もが認めるところだろう。

 12年4月30日、午前4時50分ごろのことだ。ベリーズ本島にマカフィーが最近開拓した1haもあるジャングルの中、見張り小屋ではテレビがついていた。酔った夜警がマドンナの『ブロンド・アンビション・ツアー』のDVDに見とれていたのだ。

 夜警は、トラック数台の音を聞いた。そしてブーツが地面を蹴る音、鍵がねじ切られてゲートが開けられる音。迷彩服を着た数十人が敷地内になだれ込んできた。多くは、FBIの訓練も受けている精鋭部隊、ベリーズ警察犯罪組織撲滅捜査部隊(GSU)の隊員で、みなタウルスMT-9サブマシンガンを持っている。彼らは、犯罪組織の解体を任務としている。

 夜警はこれだけ見届けると、椅子に深く座り直した。何しろマドンナのDVDをまだ観終えていないんだから。「警察だ! 全員、外に出ろ!」。敷地の奥の方にいたマカフィーは草葺き屋根のバンガローから飛び出した。裸でリヴォルヴァーを持っている。彼がソフトウェア業界の寵児だったころとは、彼を取り巻く状況は大きく変化していた。彼は全米各地にあった別宅や10人乗りの飛行機など、所有していたものを09年までにほぼすべて売り払い、ジャングルの中に居を構えた。その砦がいま、攻撃されている。31人もの隊員が彼めがけてやってくる。応戦するには銃も人手も足りなかった。マカフィーがバンガローの中に戻ると、ベッドでは17歳の少女が裸のまま起きあがっておびえていた。

 GSUが階段を駆け上がってくる音を聞いて、マカフィーは下着をはき銃を置いて、両手を上げて外に出た。隊員たちはマカフィーを壁にたたきつけるようにして手錠をかけた。「メタンフェタミン製造の疑いでおまえを拘束する」と隊員のひとりが告げた。

 マカフィーは身をよじって隊員の方を向き、こう答えた。「それはまたびっくりするお話ですな。実際、わたしは1983年以降、ドラッグを売ったことはないのですから」。

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