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【防災 伝えた10年 東日本大震災】「防災 伝えた10年」 やってきたことが生きた。「奇跡」ではない 川崎杏樹さん(24) 

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いのちをつなぐ未来館で語り部として活動する川崎杏樹さん
いのちをつなぐ未来館で語り部として活動する川崎杏樹さん
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 「防災教育が震災でどう生きたのか、話したいと思います」

 新型コロナウイルス禍。対面で伝えられないのがもどかしい。画面の向こうにいる大阪の小学生に語りかける。暗くなりすぎず、重くなりすぎず。それでもしっかりと。

 オンラインで行われた防災教室。防災学習展示施設「いのちをつなぐ未来館」(岩手県釜石市)で語り部を務めている。同市の鵜住居小学校と釜石東中学校にいた児童・生徒約570人が全員津波を生き延びた「釜石の出来事」。その当事者の一人だ。

 平成23年3月11日。同中の生徒だった川崎さんは体育館にいた。「いち、にい、さん…」。バスケットボール部で円陣を組んでストレッチをしていた。

 カタカタ-。

 窓ガラスが揺れ始めると真っ先に体育館を飛び出した。「体育館が老朽化していて、照明が落ちてきそうで怖いなと思っただけで」。あんな被害になるとは想像もしていなかった。

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 体育館を出た途端、大きな揺れが襲った。その場にうずくまり、揺れに耐えた。10数人いた部員はまだ体育館の中。「早く出てきてー」。必死に叫んだ。

 強い揺れと比較的緩い揺れが交互にくる。よろめきながら脱出を試みる仲間に声をかけ続けた。体育館から全員が逃げたころ、激しい揺れは収まった。校内にいた生徒らが校庭に続々と集まっていた。

 「1年生はここに並んで」

 訓練通り整列をしていると、教員が遠くで叫んでいた。「点呼はいいから早く逃げて」。既に校門から飛び出す生徒もいた。

 「点呼を取る時間もないのか」

 それでも慌てなかった。向かう先は決まっている。パニックで泣き叫ぶ生徒もいたが、みんな行く先は分かっていた。500メートルほど先の高台にあるグループホーム「ございしょの里」。常日頃から受けてきた防災教育のたまものだった。

 点呼が終わると、一行はさらに高台へ避難。急坂を走って逃げる最中に津波が押し寄せた。想定をはるかに上回る高さに母校の中学校や、ございしょの里も飲み込まれた。

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