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【海外遺族の10年 東日本大震災】娘が愛した石巻へ、夢育む文庫 犠牲になった米国人教師の父 アンディ・アンダーソンさん(63)

震災前、宮城県石巻市立万石浦中学校で指導するテイラー・アンダーソンさん
震災前、宮城県石巻市立万石浦中学校で指導するテイラー・アンダーソンさん
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 宮城県石巻市の万石浦(まんごくうら)小学校。図書室の子供たちが英語の本に触れる。1345冊からなる「テイラー文庫」。あの日まで、この小学校で外国語指導助手(ALT)として英語を教えていた米国人のテイラー・アンダーソンさん=当時(24)=を記念した文庫だ。

学校の図書室に

 平成23(2011)年3月11日。小学校は大きな揺れに襲われた。テイラーさんは子供たちを高台に避難させ、保護者が連れて帰るのを見届けた。その後、自転車で自宅に向かい津波にのまれた。

 厚生労働省のまとめによると、東日本大震災で犠牲になった外国人は41人。このうち、米国人はテイラーさん1人だけだ。

 米バージニア州出身。小学生のころ、日本の文化を学び、日本が好きになった。中学や大学でも日本語を学んだ。

 日米の懸け橋になりたい-。地元の大学を卒業すると、ALTとして平成20年夏に来日し、石巻市の幼稚園や小中学校、計7カ所で教えた。

 「テイラー先生とアルファベットの歌を歌った。明るくて楽しかった」。テイラーさんの教え子だった大学生、佐々木えりこさん(21)は思い出す。

 震災の一報は米国の家族の元にも届いた。「数日間、寝られなかった」。時差を超え、父のアンディさん(63)は情報収集に努めた。津波の脅威が明らかになってきた。

 震災から10日後。テイラーさんを捜すため、米国を出発しようとした日の早朝、大使館から「遺体が見つかった」との連絡が入った。アンディさんは日本へ飛んだ。

 「受け入れがたかった」

 目にした石巻の光景。テイラーさんの暮らしていたアパートを訪れると、両親や教え子からの手紙やカードを貼った壁が残っていた。「ウォール・オブ・ラブ」。愛の壁。そうテイラーさんは名付けていた。

 訪日中、石巻市内を望める日和山(ひよりやま)公園で、ささやかな葬式をした。そこは避難してきた人の命を守った小高い丘にある公園。娘の大好きな場所だった。目の前には日米を隔て、娘を奪った太平洋が広がっていた。

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