PR

ニュース 社会

【想う】小野陽洋さん(30) “教科書”は自分の失敗談 いわき震災伝承みらい館の最年少語り部 

「災害の時はきちんと逃げて助からなければいけないことを伝えたい」と話す小野陽洋さん=福島県いわき市
「災害の時はきちんと逃げて助からなければいけないことを伝えたい」と話す小野陽洋さん=福島県いわき市

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故の発生から3月で10年。被災地の伝承施設では、自らの経験を来館者に伝え、震災の記憶や教訓を次世代に引き継ぐ「語り部」の存在が欠かせない。昨年11月、福島県いわき市の「いわき震災伝承みらい館」で、最年少の語り部になった。

 「地元にできた伝承施設で何かの役に立ちたかった。語り部は仕事を離れた高齢の方が多いが、調べると仕事をしながらでもできることが分かった。自分が入ることで若い人が増えるきっかけになればいいとも思った」

 発生から時間が経過し、当時の記憶を忘れかけていることも気になっていた。その思いも、語り部を目指すきっかけになった。

 「北海道の地震や九州の水害など、大きな災害があっても他人ごとになっている自分がいて、これではいけないと思った。自分で撮った画像や映像を使い何かを発信することで、救われる命があるのであれば協力したかった」

 震災当日は、海に近い自宅に祖母といて被災。津波に飲み込まれたものの、奇跡的に助かった。

 「大津波警報が出て逃げようとしたが、おばあちゃんは『(自分は)逃げない。昭和三陸津波は堤防を越えたくらいだった』と話し、騒ぎ過ぎという感じだった。腰が悪いので(避難させるのは)気の毒だとも考えて、避難せず家に留まってしまった」

 しかし、待っていたのは想像を絶する状況だった。津波に直撃される瞬間まで撮影し続けた46秒の動画は息をのむ生々しさだ。

 「2階のベランダで撮影中、津波が手すりを越えてきた。海水に首まで漬かった状態で奥のキッチンまで一気に10メートルくらい流された。音の感覚はなかった。沈んだおばあちゃんを支えて顔を水から出した。引き波の力もすごかった。流されたら終わり。(キッチンの)シンクにつかまって、耐え続けた」

 この日の一連の行動を「失敗談」として語り継いでいる。自宅があった平豊間地区では、避難しなかったり、避難先で津波に襲われるなどして亡くなった人が少なくなかった。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ