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津波なくても高台へ…生きた震災の教訓 福島・宮城地震から20日で1週間

断水が続く福島県新地町で自衛隊の給水車に並ぶ人たち。奥は地震で屋根瓦が落ちた民家=14日
断水が続く福島県新地町で自衛隊の給水車に並ぶ人たち。奥は地震で屋根瓦が落ちた民家=14日

 福島、宮城両県で13日夜に最大震度6強を観測した地震から20日で1週間。3月で発生10年を迎える東日本大震災の被災地は再び大きな揺れに見舞われたが、住民らは避難警報がなくても高台に避難するなど、当時の経験を基に率先して命を守る行動を取った。災害用の備蓄を進めたりと「あの日」の教訓が生かされた例も目立ったが、新たに浮かんだ課題もある。(福島、宮城地震取材班)

すぐに高台へ避難

 震度6弱を観測した宮城県石巻市。標高56メートルの高台にあり市内を一望できる日和山(ひよりやま)公園には13日夜、強い揺れが収まった直後から多くの市民が避難してきた。

 「大地震があれば津波が来る。すぐに行動しよう、と家族で決めていた」。同市の高校2年の女子生徒(16)は地震直後、家族とともに車に乗り込み、日和山に向かった。避難所生活も見据え、車には水や缶詰、非常用トイレを常備。最低限の着替えを詰めたリュックサックも家族分用意した。

 結局、同市の港で20センチの津波が観測されたものの被害はなく、気象庁からの津波警報や行政からの避難指示もなかった。それでも女子生徒は、日和山に避難してきた人たちを見て心強く感じたという。「今回は空振りだったが、行動は間違っていなかったと思う。これからも、ためらわずに高い場所に避難するように心掛けたい」と話した。

民家や店舗も自衛

 東日本大震災を踏まえて、日頃からの備えをしていた人は多い。

 宮城県気仙沼市の会社員、菅原侑二さん(38)は、東日本大震災で海から約100メートルの場所にあった自宅が津波で浸水した。新築した自宅の本棚は据え付け型にし、食器棚は腰から下の高さにするなど防災に気を配っていた。

 今回の地震で同市は震度4だったが、念のためすぐに車のエンジンをかけ、最寄りの避難所に向かう準備を整えたといい「万一の時には近所の人にも声を掛け合って避難したい」と語った。

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