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【縁 災害が結んだ、私たち】(5)「なんとなくそばに」阪神から東北へ 広がる支援の輪

HAT神戸の住宅街で想いを語るNPO法人「よろず相談室」理事長の牧秀一さん=2020年12月11日午後、神戸市中央区(寺口純平撮影)
HAT神戸の住宅街で想いを語るNPO法人「よろず相談室」理事長の牧秀一さん=2020年12月11日午後、神戸市中央区(寺口純平撮影)
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 26年前、神戸を襲った地震は多くの命を奪った。その後、がれきに覆われた街で、新たな人のつながりを生んだ。阪神大震災が発生した平成7年は「ボランティア元年」と呼ばれる。いまではボランティアは救援や復興に欠かせない存在となった。阪神を経験した人が東日本大震災の被災地にも足を運び、そこでまた、縁を結ぶ。受け継がれていくのは傷ついた人への寄り添いの知恵だった。

 「元気そうやん。最近何かいいことあったんやろ?」

 25年春、神戸市中央区の復興住宅群「HAT神戸 脇の浜」の一室。神戸市のNPO法人「よろず相談室」理事長の牧秀一(70)があいさつ代わりに切り出すと、玄関を開けた高齢女性は待ちわびていたように、表情を緩めた。

 久しぶりに会った親戚か、あるいは友人か。そんな空気感。牧に同伴していた宮城県気仙沼市の菊田忠衛(ただえい)(70)は、距離の近さに驚いた。被災者を訪問していることを忘れるほどだった。

 東日本大震災で両親を失った菊田は「ボランティアステーションin気仙沼(ボラステ気仙沼)」という団体をつくり、現地の復興住宅でボランティア活動にあたってきた。だが当時は、答えの見えない壁にぶつかり悩んでいた。

 復興住宅で暮らす独居の高齢者を訪問しても、お互いどこかぎこちない。寄り添うとは、一体どういうことなのか。支援者の一人として迷い、神戸で開催された牧の勉強会に参加したのだ。

 そんな菊田に、同じ道を行く先輩として牧は静かに教えてくれた。

 「何をするのでもなく、ただなんとなく、そばにいればいい」

 26年前の1月17日。当時通信制高校の教師だった牧は神戸市東灘区の自宅で被災した。周囲には家族や自宅、仕事を失い、ふさぎ込む人が大勢いた。そこで相談室を立ち上げ、被災者の苦悩や孤独にじっと耳を傾ける活動を始めた。

 「復興住宅が完成すると被災者の心も立ち直ったようにみえる。でも、被災者は玄関を挟んで『置き去りにされた』と感じている」

 阪神大震災の発生直後、神戸の街には多くのボランティアが駆けつけた。しかし街の復旧が進むと、潮が引くように数が減った。活動資金や人員を確保できず、解散していく支援団体をあまた見てきた。

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