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【縁 災害が結んだ、私たち】(3)あきらめず、前向く 孤高の村に贈る歌 俳人、黛まどか×飯舘村立いいたて希望の里学園

新校歌披露式で児童らとともに歌う黛まどかさん=2月(いいたて希望の里学園提供)
新校歌披露式で児童らとともに歌う黛まどかさん=2月(いいたて希望の里学園提供)
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 学び舎(や)の目印は三角屋根の時計塔。しんしんと降る雪のなか、子供たちの声が聞こえる。福島県飯舘村に昨年4月、小中一貫の義務教育学校「いいたて希望の里学園」が開校した。

 《♪希望の里いいたて、美しい村 飯舘》

 校歌の作詞を手がけたのは俳人の黛まどかだ。一昨年9月、子供たちに直接、校歌に入れてほしい思いを尋ねた。

 「将来何になりたいの?と聞いたら『この村を守れる大人になりたい』と。『までい』に育てた子供は強くて優しいと心から思った」

 《♪までいに花を咲かせよう》

 1番から3番まである歌詞に、「までい」という言葉が3回、出てくる。村の方言。「手間ひまを惜しまず」「丁寧に」「時間をかけて」という意味だ。

 そんな“までいな村”に魅力を感じた。黛は東日本大震災前の平成13年から、交流を続けている。

 あるとき、80代の女性から、こんな話を聞いた。

 「嫁にきてから牛を飼って、田畑をやって、夜はわらを編んで、朝から晩まで働いて働いた」

 早くに夫を亡くしたという。その女性が身につけていたのは、モンペ。一張羅の花嫁衣装だった。

 スローライフ、田舎暮らし…。思い浮かべるような、のんびりしたイメージではない。それが、までいな村の現実だった。

 そんな小さな村を23年3月、東京電力福島第1原発事故が襲った。約6千人の村民全員が避難を余儀なくされ、村に4つある小、中学校も、村外の仮設校舎で授業が行われた。村で学校が再開したのは7年後のことだった。

 《♪うれしい日も、泣いた日も、いつも君が、家族がそばにいた》

 6年生の仲良し3人組。歌詞をかみしめる。

 阿部華瑠奈(かるな)(12)は「人と人との関係だけじゃなくて飯舘村と私たちの関係も表しているよね」。「飯舘村は僕たちの家族」と杉岡響(ひびき)(12)が応じた。高倉凜(12)は「飯舘村のことを調べて黛さんに伝えたことが歌詞になってうれしい」と笑う。

 《♪別れた日も、泣いた日も、いつも君は、ふるさとは待ってた》

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