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「やっと家族そろったね」 新たに7人銘板に 阪神大震災

兄の銘板を追加する津高一郎さん=19日午後、神戸市中央区の東遊園地(代表撮影)
兄の銘板を追加する津高一郎さん=19日午後、神戸市中央区の東遊園地(代表撮影)

 阪神大震災の発生から来月で26年になるのを前に、犠牲者の名前を刻んだ銘板を掲げる神戸市中央区の「慰霊と復興のモニュメント」に19日、新たに7人の名が加えられた。関連死なども含めた掲示総数は5023人。追加式典に参加した遺族らは亡き家族の名前に触れ、その面影をしのんだ。

 「兄貴、やっと家族そろったね」

 兵庫県加古川市の津高一郎さん(71)は、震災から体調を悪化させ、平成21年に73歳で亡くなった兄、健七郎さんの銘板に触れ、そう心の中で語りかけた。

 26年前の7年1月17日、健七郎さんは神戸市灘区の木造2階建てのアパートで、妻の喜子さん=当時(56)=と、成人式を迎えたばかりの一人娘の靖子さん=同(19)=を失った。自身は偶然寝室を離れていたため助かった。

 数日後、2人は全壊したアパートから運び出され、「もしかしたら、まだ…」といういちるの望みも打ち砕かれた。掘り出し作業をともに見守っていた一郎さんは、兄の小さくなった背中に、かける言葉が見つからなかった。

 健七郎さんは連日避難先の中学校からアパートに向かっては、がれきの山から2人の面影を探した。思い出の家族写真に靖子さんの晴れ着-。そのほとんどが見つからず、健七郎さんの口から2人の話を聞くことはなくなっていったが、毎年1月17日が近づくと、欠かさずアパートの跡地とともに2人の名前が刻まれた銘板を訪ねた。

 「2人と一緒に、私の名前も並べてほしい。頼むね」。街が復旧し始めたころ、一郎さんが復興住宅で暮らす健七郎さんを訪ねると、冗談めかしながらそう打ち明けられた。「約束する」。震災以降、泣き言を言わなかった兄の初めての頼みだった。震災後、健七郎さんは持病の糖尿病が悪化し、21年12月に脳出血で亡くなった。

 銘板には震災での犠牲や関連死でなくても震災が遠因となった犠牲者の名前は刻まれる。生前からの希望であった妻と娘とともに刻まれた兄の名前。一郎さんは天国の健七郎さんに笑いかけた。「約束果たしたよ」

 また、震災のショックで心的外傷後ストレス障害(PTSD)となり、5年後に自殺した藤井加寿子(かずこ)さん=当時(44)=の名前も銘板に刻まれた。妹で神戸市兵庫区の女性(62)は「震災は姉の心に重いしこりを残した。どれだけ苦しかっただろう。せめて生きた証しを残してあげたい」と手を合わせた。

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