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【復興日本 序章 コロナと災害】(上)感染予防が孤立を深める

 陣太鼓が鳴り響く。兜(かぶと)を脱ぎ鉢巻きを締めた甲冑(かっちゅう)姿の武者が人馬一体、風になる。勇壮な甲冑競馬が見どころの伝統行事「相馬野馬追(そうまのまおい)」。福島県南相馬市で例年7月に開催されてきた。しかし、新型コロナウイルスは、1千年の歴史を持つ重要無形民俗文化財にも容赦なかった。江戸時代、飢饉(ききん)の年などに行われた「省略野馬追」を参考に今年は大幅に規模が縮小された。

■知る人少なく

 野馬追の主会場「雲雀(ひばり)ケ原祭場地」から歩いて2、3分。5階建ての復興公営住宅「南町団地」がある。この一室で5月、60代後半の男性が1人、亡くなっているのが見つかった。死後約2カ月とみられた。

 「水道の使用量が少なすぎる」。不審に思った市職員が県警に通報したのが5月13日。これが発見のきっかけになった。

 「男性だということ以外は知らない」「亡くなったというのは知っている」

 全255戸の団地には、東京電力福島第1原発事故の影響で避難指示が出されていた地域の住民が身を寄せている。しかし、亡くなった男性について知る人はそう多くはない。

■途切れた通話

 東日本大震災が起きた平成23年3月11日まで、男性は団地から約20キロ離れた同県浪江町で暮らしていた。原発事故を受け、同町には一時、全域に避難指示が出され、男性も避難。28年12月に団地への入居が始まると、男性も独居を始めた。

 浪江町社会福祉協議会は男性の入居以降、月に1回、部屋を訪ねて見守りをしていた。事情を変えたのはコロナだった。感染防止のため、今年2月からは月1回、電話による確認に切り替えていた。

 「大丈夫。医者にも通院しているし、散歩もしている」

 3月4日、社協からの電話に男性はこう応じた。しかし、これ以降、通話は途切れた。

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