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【想う】クジラ文化を楽しんでほしい 宮城県石巻市・鮎川まちづくり協会代表理事 斎藤富嗣さん(60) 

マッコウクジラの骨格標本の前で「クジラの生態や捕鯨文化を知ってほしい」と語る斎藤富嗣さん=宮城県石巻市
マッコウクジラの骨格標本の前で「クジラの生態や捕鯨文化を知ってほしい」と語る斎藤富嗣さん=宮城県石巻市

 宮城県の牡鹿半島の先端部にあり、かつて国内有数の捕鯨基地として栄えた石巻市鮎川地区。東日本大震災の津波で全壊した観光施設「おしかホエールランド」が同地区に再建され、今年7月に約9年4カ月ぶりに開館した。現在は同施設を運営する一般社団法人「鮎川まちづくり協会」の代表理事として、地域おこしに奔走している。

 「昨年は31年ぶりに日本の商業捕鯨が再開した。この施設は、捕鯨とともに活気づいてきた『クジラのまち』のシンボル。クジラの生態や捕鯨文化を学べる施設で、教育の場としても利用してほしい」

 牡鹿半島の捕鯨は100年以上の歴史を持つ。中でも鮎川地区は捕鯨産業の拠点となり、昭和20年代後半から30年代には飲食店や映画館などの娯楽施設が立ち並び、まちはにぎわった。

 「子供の頃は500トン級の大型捕鯨船が何隻も港を出入りし、鮎川の海には何頭ものクジラが浮いていました。私の父や親戚も捕鯨関係の仕事でした」

 しかし、国際捕鯨委員会(IWC)が1982(昭和57)年に商業捕鯨モラトリアム(一時停止)を採択し、日本は88年から商業捕鯨を中止。鮎川地区では捕鯨会社の撤退などで人口減少が進んだ。観光産業で地域の活性化を図っていたが、牡鹿半島の市域は震災で壊滅的な被害を受け、100人を超す犠牲者が出た。震災当時、自身は海上で津波に巻き込まれた。

 「家業のワカメ養殖で使う小船を沖に出そうとしたのですが、沖に向かう途中で津波に遭いました。海が真っ黒に渦を巻き、恐怖を感じました。沖に出る2隻の漁船の後を懸命に追い、何とか津波を乗り越えました。船で一夜を明かしましたが、生還できたのは奇跡です」

 かつての「おしかホエールランド」は震災の津波で展示品の大半が流失したが、新しい施設では流失を免れた全長16・9メートルのマッコウクジラの骨格標本などを展示。昨年10月にオープンした観光物産交流施設「Cottu(こっつ)」や牡鹿半島の自然などを紹介するビジターセンターと「ホエールタウンおしか」を形成し、にぎわい創出の拠点となっている。

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