PR

ニュース 社会

被災庁舎保存、揺れる町民 宮城・南三陸町

10月に全面開園した震災復興祈念公園。右は防災対策庁舎=宮城県南三陸町(萩原悠久人撮影)
10月に全面開園した震災復興祈念公園。右は防災対策庁舎=宮城県南三陸町(萩原悠久人撮影)

 東日本大震災は11日で発生から9年8カ月を迎えた。800人以上が犠牲となった宮城県南三陸町では震災犠牲者の追悼施設「南三陸町震災復興祈念公園」が先月、全面開園した。ただ、園内にある震災遺構「旧防災対策庁舎」の保存をめぐり、町民の心は今も揺れ動いている。(塔野岡剛)

 広さ約6・3ヘクタールの公園の一角に、鉄骨だけの姿になった旧庁舎がある。町職員ら43人が犠牲になった旧庁舎の保存の是非をめぐり、震災直後から町の意見は2つに割れた。

 「教訓を伝える」「見るのがつらい」。被災し、傷ついた町民の間に摩擦が生まれた。町議会での採決を受けて一度は解体が決まったが、平成27年に県有化が決定。令和13年3月まで県の所有となったこともあり、保存の是非を問う議論は継続案件となった。

 時間の経過とともに復興への歩みを着実に進めている南三陸町。だが、旧庁舎に対する複雑な町民の思いは、今もなお一筋に交わることはない。

 震災後、約10メートルかさ上げされた土地に整備された「南三陸さんさん商店街」。この商店街で写真館「佐良スタジオ」を営む佐藤信一さん(54)はあの日、高台に逃げて難を逃れた。15メートルを超える大津波に襲われる町に、カメラを向けた。以来、レンズ越しに町の定点観測を続ける。

 震災発生当日に撮った写真には、旧庁舎の姿が収められている。「人々が流されていく瞬間を撮ってしまったという罪悪感もある。だから、あの日のことを説明する義務がある。残してもらいたい」

 商店街で文具店「フレンズ」を営む熊谷和平(かずよし)さん(65)は「この場所は10メートルもかさ上げして一般住居は建てられず、昔みたいな町並みではないけれど、店は震災前とほとんど同じ場所に再建させてもらった」と感謝の思いを口にする。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ