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「事故と向き合って」東京女子医大医療事故、息子失った母が心境語る

毎年届く男児へのバースデーカードを手に、心境を語る母親=20日(王美慧撮影)
毎年届く男児へのバースデーカードを手に、心境を語る母親=20日(王美慧撮影)

 「息子が生きた年月を上回る時間が過ぎた。なくしたくないのに、記憶が薄れていく」。東京女子医大病院の医療事故で死亡した男児=当時(2)=の母親(41)が20日、産経新聞の取材に応じ、心境を語った。事故から6年以上が経過。3歳の誕生日を目前にして亡くなった息子は生きていれば小学4年だった。「真実は明らかになるのか」。募る不安と、薄れていく記憶のはざまで、母親はもがき続けてきた。

 毎年3月31日、息子の誕生日を迎えるたびに、定期購読していた絵本の出版社からバースデーカードが届く。亡くなった際に切った髪の毛や爪は、肌身離さず持ち歩いている。「息子が生きた証を感じ、そばに感じることができるんです」

 平成26年2月18日、息子は、顎にリンパ液がたまる「リンパ管腫」の除去手術を受けた。「簡単な手術で、すぐ治ります」。医師からは、こう説明を受けていた。所要時間は7分。数日で退院できるはずだった。

 異変は、手術後に始まった。集中治療室(ICU)で鎮静剤の「プロポフォール」を4日間にわたり投与された。事前に説明はなく、徐々に顔がむくんでいく様子に不安を訴えたが、主治医は「安全な薬です。大丈夫です」と答えた。

 手術から3日後、容体は急変する。ICUに駆けつけて目にしたのは、大勢の医師に囲まれた息子。心臓マッサージをされるたびに、口から褐色の泡があふれ出ていた。約3時間後に再会したわが子は、生前の面影がないほどむくみ、死後硬直が始まっていた。冷たくなった小さな手をさすり、言葉を失った。

 結婚3年目に生まれた待望の一人息子だった。甘えん坊で、公園のブランコでよく遊び、毎晩、一緒に眠った。成長を見守り、些細(ささい)な日常が幸せだった。亡くなった時期が近づくと、気持ちが落ち込み、涙があふれる。同世代の子供と会うことも避け続けた。

 事故後、当時2歳10カ月だった息子が生きた年月を上回る時間が過ぎていった。「息子がいた時間のほうが、夢だったのか」。そんな思いに駆られることさえあった。

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