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【都民の消防官(1)】中野署消防司令補 松本明彦さん(58) 先輩から得た教訓を受け継ぐ

後進の育成に取り組んでいる中野署の松本明彦消防司令補
後進の育成に取り組んでいる中野署の松本明彦消防司令補

 今でも鮮明に思い出す出動現場がある。特別救助隊に入って2年目の平成2年5月、板橋区の化学工場で従業員26人が死傷した爆発事故だ。敷地内の製造所など8棟が焼損し、4棟が損壊して、爆風により敷地外の建物23棟にも被害が出る大惨事となった。「映画で見た戦場のように、がれきが散乱していた」と振り返る。

 消防署から出動した際、遠くにキノコ雲が見え、緊張が走った。「どこで何人が逃げ遅れている」などといった詳細な情報は、なかなか入ってこず、工場をくまなく捜索することから始めなければならなかった。

 加えて、工場にどんな薬品があるのかも不明で、爆発の危険性も付きまとった。「どこから手をつけたらいいのだろうか」。途方に暮れたことを覚えている。

 その緊張をほぐしてくれたのは、冷静に対応する先輩たちの姿だった。先輩の後ろについて爆風で飛ばされ負傷した従業員らを救助していく中で、「むやみに行動してはいけない。人を助けるはずの自分たちが絶対にけがをしないことが大前提だ」と痛感した。

 その後も、特別救助隊員として経験を積み、数々の現場に立ってきた。活動は管内の火災にとどまらず、土砂崩れ現場など多岐にわたった。忙しく駆け回る日々だったが、「それだけ必要とされているんだ」と充実感も沸いたという。

 部隊を率いる立場となってからは、一度もけが人を出したことがないことも、誇りに感じている。今は現場の隊長職を離れて、後進の育成に取り組んでいる。受章に「指導してくれた人たちや、下から支えてくれた人たちに感謝したい」。先輩から得た教訓を次代に受け継ぎ、都民の安全を守り抜くことを誓った。

(吉沢智美)

 【プロフィル】松本明彦(まつもと・あきひこ) 岩手県出身。昭和57年、東京消防庁入庁。板橋署、世田谷署などを経て、平成26年から中野署。妻の昌代さん(51)、大学生と高校生の娘2人と4人暮らし。娘たちとは東京ディズニーリゾートに行くなど、子煩悩な一面も。

 都民の生命と生活の安全を守るため、昼夜、職務に精励する「第73回都民の消防官」に選ばれた5人の横顔を紹介する。

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