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九州豪雨 「みんな待ってるよ」 行方不明の城幸恵さん 親族ら祈り続けて1カ月

行方不明となっている城幸恵さん(親族提供)
行方不明となっている城幸恵さん(親族提供)
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 大きな被害が出てから4日で1カ月となる豪雨災害は、九州だけで72人の犠牲者を出す一方、熊本県内では依然として2人が行方不明になったままだ。面倒見の良さと飾らない人柄で誰からも慕われた城(じょう)幸恵さん(90)=同県芦北町天月(あまつき)=は、行方不明になった2日後の7月6日、卒寿の誕生日を迎えた。「早く見つかることを祈るしかない」。親族らは幸恵さんの帰りを待ち続けている。(宇山友明)

 「悲しい事実が待っていると思うけど、今はすがる思いで待つしかない」

 おいの文博さん(73)=同町佐敷=ら親族10人は8月3日、浸水被害にあった幸恵さんの自宅を訪れた。約30秒間祈りをささげた後、卒寿の誕生日に渡すはずだった青色のブラウスを供え、自宅前を流れる球磨(くま)川に花束を投げ入れた。感謝の言葉を書いたメッセージカードを用意した文博さんの孫で小学6年、悠汰(ゆうた)くん(11)は「僕を一番かわいがってくれた。もう一度、姿が見たい」と悲しげだった。

 7月4日に球磨川が氾濫。幸恵さんが1人で暮らす木造平屋建ての住宅は屋根まで浸水した。同日昼過ぎ、文博さんが安否を確認しようと家に駆けつけたが、家の中や周辺を捜しても幸恵さんの姿を見つけることはできなかった。

 自衛隊や消防などによる懸命の捜索も難航。1カ月が経過しても、幸恵さんの行方は分かっていない。文博さんは「この1カ月間は毎日苦しくて、叔母のことを思うと眠れなかった」と涙ぐむ。

 同町で生まれ育った幸恵さんは、7人きょうだいの末っ子で、高校卒業後に地元の町役場に就職。25年近く戸籍管理の業務などを担当し、丁寧な仕事ぶりは住民の間でも評判だった。退職後は、ちぎり絵教室に通い始め、作品が完成するたび、文博さんに「上手でしょ」と自慢げな表情を浮かべたという。

 優しく温厚な性格で慕われた幸恵さん。7月6日の誕生日には毎年多くの親族が集まり、祝う会が開かれていた。幸恵さんが最も楽しみにしていたのが、悠汰くんとの会話。悠汰くんが熱中しているサッカーについて話し始めると、目を細めて聞き入っては、文博さんに「独身で子供がいない私にとって、(悠汰くんは)わが子のようなものだから」と話していた。

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