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地下鉄サリン事件被害者・浅川幸子さん死去 兄「さっちゃん、25年間よく頑張ったね」

地下鉄サリン事件被害者の浅川幸子さんが亡くなり、会見を行う兄の一雄さん。手前は幸子さんの遺影=19日午後、東京・霞が関の司法記者クラブ(納冨康撮影)
地下鉄サリン事件被害者の浅川幸子さんが亡くなり、会見を行う兄の一雄さん。手前は幸子さんの遺影=19日午後、東京・霞が関の司法記者クラブ(納冨康撮影)
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13人が死亡、6000人以上が重軽症を負った平成7年のオウム真理教による地下鉄サリン事件に遭遇し、寝たきりの状態となった被害者の浅川幸子(あさかわ・さちこ)さんが10日午前9時34分、サリン中毒による低酸素脳症のため死去した。56歳だった。通夜・告別式は近親者で行った。喪主は兄の一雄(かずお)さん(60)。一雄さんが19日、東京都内で会見し明らかにした。

 地下鉄丸ノ内線の車内で被害に遭い、実行役の元教団幹部、広瀬健一元死刑囚=執行時(54)=がまいたサリンを吸って意識不明の重体となった。一命はとりとめたが、低酸素脳症で重度の言語障害と手足にまひが残り、寝たきりの生活を送っていた。

 「さっちゃん、25年間よく頑張ったね。これからは何も頑張らなくていいんだよ。ゆっくり休もう」

 10日朝、入院先の病院で息を引き取った幸子さんに、一雄さんはこう声をかけた。

 幸子さんは、勤務先のスーパーマーケットの新入社員研修のため、普段使わない地下鉄丸ノ内線で中野坂上駅へ向かう途中、被害に遭った。一雄さんが病院に駆けつけると、幸子さんには多くの医療機器がつながれ、医師から「生きていることが奇跡」と言われた。

 この日を境に幸子さんの人生は一変。視力を失い、重い後遺症に苦しみながらも、家族の支えで懸命にリハビリを続けた。平成15年からは一雄さん一家と同居。一家と同じ食事をフードプロセッサーにかけて食べやすくした。一時は補助があれば起き上がれるまでに回復した。

 21年11月には車いすで最高裁に赴いた。サリンをまいた広瀬元死刑囚の上告審判決を見届けるためだ。「オウム、ばか」。幸子さんは第2小法廷でこう叫んだという。

 29年10月にけいれんを起こし、病状が悪化して再び入院。24時間の介護が必要になった。一雄さんは「加害者は『衣食住』に困らないのに、被害者には何もない。被害を受けた人が一人で生きていける環境をつくることが大切だ」と訴える。

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