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聖火ランナー「天の贈り物」 閖上の語り部になった自衛官 宮城・名取 震災9年

震災発生の午後2時46分、佐々木さんは閖上を訪れ手を合わせた=11日、宮城県名取市(塔野岡剛撮影)
震災発生の午後2時46分、佐々木さんは閖上を訪れ手を合わせた=11日、宮城県名取市(塔野岡剛撮影)

 東日本大震災から9年となる11日、妻子ら家族4人を失った宮城県多賀城市の自衛官、佐々木清和さん(53)は、震災前まで過ごした同県名取市閖上(ゆりあげ)地区を訪れた。東京五輪・パラリンピックの聖火リレーの走者として6月、同地区を走る。「ランナーに選ばれたのは天からの贈り物。世界中の人たちへの感謝を表現したい」と、誓いを新たにした。

 震災当時は陸上自衛隊船岡駐屯地(同県柴田町)に所属。いつも通り仕事をしていると突然、大きな揺れに襲われた。11日は駐屯地で待機し、翌12日に任務で閖上地区へ。津波被害の惨状を目の当たりにした。

 すぐに家族の顔が思い浮かんだが「どこかに避難しているはず」と信じ、任務を続けた。合間を縫って名取市内の避難所を何度も訪ね歩き、無事を知らせる家族の張り紙を探して回った。だが、再会できない日が長引くにつれ、次第に足は遺体安置所へと向かっていた。

 発生から10日後、中学生だった長女の和海(かずみ)さん=当時(14)=の遺体を確認。その後に妻、りつ子さん=同(42)、同居していたりつ子さんの両親とも無言の対面をした。

 崩れ落ちそうな自身をかろうじて支えたのは「国民を守る」という自衛官としての使命感だった。震災後は自らの経験を伝えるため、閖上地区で語り部としての活動を開始。同地区を訪問した全国の中高生に、命や日常の大切さを説いて回った。

 「復興五輪」となる東京五輪の聖火ランナーに応募したのは「走る姿を通して閖上のいまを見てほしい」という思いから。昨年12月、大会組織委員会から決定の連絡が届いた。語り部の活動を聞いた子供たちから多くの反響の手紙をもらったことも力になったといい、「頑張ってる姿を見せたい」。

 聖火リレーでは、町の犠牲者の名前が刻まれた慰霊碑がある「震災メモリアル公園」の近くから、和海さんの名前が刻まれた慰霊碑のある中学校までの約2キロのコースを走る予定だ。

 震災から9年を経て町並みは大きく変わり、「ここ2年ぐらいで、だいぶ生活基盤が整ってきた」。聖火リレー当日の6月22日は、りつ子さんの誕生日。走り終えたら、慰霊碑の前でそっとささやきたいことがあるという。

 「これが聖火だよ。しっかり、次の人につないだよ」(塔野岡剛)

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