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「家族の歴史」奪った原発事故 「悔しい経験、無駄にしないで」 福島・浪江から富士市に避難の堀川夫妻 震災から9年

自宅で絵本「手紙 お母さんへ」を手に取る堀川文夫さん(右)と貴子さん夫婦=富士市中野台
自宅で絵本「手紙 お母さんへ」を手に取る堀川文夫さん(右)と貴子さん夫婦=富士市中野台

 先月下旬、築53年の自宅が跡形もなく更地に変わった。「解体証明」といえる木製の立て板が“墓標”のように立っているだけだ。東日本大震災による東京電力福島第一原発事故が起きた「あの日」。いまは避難先の富士市に住んでいるが、それまで原発から約8キロにある浪江町に暮らしていた堀川文夫さん(65)と貴子さん(66)夫妻の自宅だった。

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 事故後、無人の自宅は野生動物のすみかになり荒れ果てた。大規模半壊とも認定された。とはいえ、家族の思い出が詰まった自宅が重機で容赦なく取り壊される。「私は平常心で見ることができない。バリバリと解体音を聞くと、『やめろ!』と叫んでしまう」と思い、知人の写真家に解体現場の様子を託した。

 昭和42年に完成した。青森のヒバ、秋田のスギ、木曽のヒノキを自宅の建材にするため、大工と一緒に買い付けてきた父。当時小学6年の文夫さんは下校後、近くの河原から採取してきた基礎工事用の砂利を運搬したり、ぬか袋で母と一緒に床などを磨いたりした-。昨日のことのように鮮明に覚えている。

 解体後、写真家から解体の様子を残した動画が届いた。何度見ても涙が頬をつたう。「祖父母、そして父母と続く積み重ねてきた歴史が丸ごと無くなった。これが原発事故の姿だ」

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 あの日、自宅から高台に避難したが、「このままでは危ない。原発も時間の問題だ」と直感した。原発が破壊されると、放射性物質が雨などに混じって地上に降る。故郷が元に戻るのはいつになるか分からない。「オヤジ、オフクロ、ごめんね。二度と戻れないかも…」と自宅前で手を合わせて浪江町を離れた。夫婦とゴールデンレトリバーの愛犬「桃」と、飼い猫の「みかん」も一緒に。

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