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「自分の命より大切な人を失った」 相模原の知的障害者施設殺傷事件犠牲者の母、陳述全文

 美帆は人懐っこくて言葉はありませんが、すーっと人の横(そば)に来て挨拶をして前から知り合いのように接していました。笑顔がとても素敵で、まわりを癒やしてくれました。ひまわりのような笑顔でした。美帆は毎日を一生懸命生きていました。

 「お母さんのことを思うといたたまれません」と言われて、むかつきました。考えも変えず、1mmも謝罪された気がしません。痛みのない方法で殺せば良かったということなんでしょうか。冗談じゃないです。ふざけないで下さい。美帆にはもう、どんな方法でも会えないんです。

 当日は7時30分頃「美帆が被害にあっている」との連絡をもらい9時~10時の間頃やまゆり園に着きました。名簿の×を見た時から、もう何が何だかわからなくなり、頭も真っ白でした。何回も夢じゃないかと思い、ほっぺたをつねってみたのですが、夢か現実か、自分が誰なのか、どうしてここにいるのかもわからなくなっていました。

 だいぶ時間がたってから美帆に会えました。顔しか見せてもらえませんでした。ストレッチャーに乗せられていて「美帆ちゃん、美帆ちゃん」と何度呼んでも答えてくれなくて、自分で体温調節をするのが苦手で汗をあまりかかない子だったのでいつも暖かい子が、その時は、すごく冷たくて、冷たくて、そんなこと一度もなかったのにすごく冷たくて一生忘れることのできない冷たさでした。会ったのは数分だと思います。

 プリント等配っていましたが、何を手にしているのだろう、皆、何を言っているのだろうと不思議でした。私は頭痛がひどくて「診療所の先生が園に来ているから具合の悪い人は言って下さい」と園長先生に言われて診てもらったら「血圧がすごく高いので頭痛はなおらないけど点滴するので診療所に来られるようなら来て下さい」と言われ警察の車に乗せて頂き点滴を受けました。警察と園と遺族の話しで、名前を出すか出さないかでとても揉めていたのを覚えています。私は言葉がでなくて一言も発することが出来ませんでした。

 葬儀は、地元の斎場で音楽葬でしました。マスコミが多く来ていたようですが、弁護士会から来て頂いている弁護士や警察が協力して入れないようにしてもらえました。美帆の好きな童謡やいきものがかりなどの音楽を流し、参列者には娘の顔も見てもらいました。美帆のアルバムや額に入った写真を見てもらいました。着物を着せて見送りました。のべ200人位の人が見送ってくれました。

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