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「自分の命より大切な人を失った」 相模原の知的障害者施設殺傷事件犠牲者の母、陳述全文

建て替え工事が進む知的障害者施設「津久井やまゆり園」=1月8日、相模原市
建て替え工事が進む知的障害者施設「津久井やまゆり園」=1月8日、相模原市

 相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で平成28年7月、入所者ら45人が殺傷された事件で17日に横浜地裁で開かれた、殺人罪などに問われた元職員、植松聖(さとし)被告(30)の裁判員裁判論告求刑公判。犠牲者の一人、美帆さん=当時(19)=の母親が意見陳述を行い、時に声をふるわせながら心情を語った。

 陳述の全文は以下の通り。

 私は美帆の母親です。

 美帆は12月の冬晴れの日に誕生しました。1つ上に兄がいて待ちに待った女の子でした。幼いころはとても音に敏感でした。大きな音初めての場所、人がたくさんの場所が苦手でした。人に挨拶されただけで泣き叫ぶ子でした。3歳半で自閉症と診断されたあとは、とにかく勉強しました。本を読んだり、講演会に通い、少しでも美帆のことを理解しようとしました。他の親御さんたちと障害のある方や、その親の気持ちを伝えようと思い、学校や地域で語ったこともありました。睨(にら)まれたり、怒られたりするのが恐かったから理解してくれる人を増やそうと思いました。美帆が私の人生の全てでした。

 多くの良い先生や、友達、支援してくれた職員さん、ガイドヘルパーさん、ボランティアさんに恵まれました。皆、やさしく接してくれたので、とても人が好きで人懐っこい子に育ちました。とても音楽が好きでいきものがかり、ドラマの主題歌や童謡、クラシック、アニメ等ジャンルは問わず、いろいろな曲を聴いてノリノリで踊っていました。乗り物に乗っていると御機嫌でよくドライブしたり、電車やバスに乗りました。小さい時はブランコが大好きでした。プール、ジェットコースター、プラネタリウム、水族館、パレード、らーめん博物館、公園等、本当に大好きでいろんな場所に家族やガイドヘルパーさん、ボランティアさんと出かけていました。

 成長するにつれ美帆は落ち着いてきました。一方で、9歳から大きなてんかん発作があり、小学校5年生ぐらいから多い時は週1、少ない時も月1回ぐらい発作がありました。

 家庭の事情で中学2年生の時から児童寮で生活していました。毎月会いに行くのが楽しみでした。仕事も娘のためと思うとがんばれました。多い時には4つの仕事をかけもちでしていました。

 娘に障害のこと、自閉症のこと、てんかんのこと、いろいろ教えてもらいました。私の娘であり先生でもあります。優しい気持ちで人と接することができるようになりました。待つことの大切さや、人に対しての思いやりが持てるようになりました。人の良い所(長所)を見つけることが上手になりました。人を褒めることが上手になりました。

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