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山口組ナンバー2、18日にも出所へ 抗争激化警戒

高山清司受刑者
高山清司受刑者
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 山口組は代々、関西地盤の最高幹部が実権を握ってきたが、17年7月に高山受刑者と同じ弘道会出身の篠田建市(通称・司忍)組長が6代目に就任し、高山受刑者を若頭に登用。非関西の同一組織出身者が初めてナンバー1、2に就いた。

 ただ、篠田組長は就任からわずか5カ月後に銃刀法違反罪で収監。高山受刑者は、篠田組長が23年4月に出所するまで組織運営を取り仕切った。弘道会系組織を従え、山口組の本格的な東京進出を牽引(けんいん)して勢力を拡大。一方で、傘下組織に「覚醒剤など違法薬物への関与禁止」といったシノギ(資金獲得活動)に関する規制を強化する中で弘道会を優遇し、出身母体に権力を集中させていった。

 20年には、5代目組長の側近とされた後藤組(静岡県・解散)の後藤忠政組長(引退)を除籍にし、後藤元組長を含む10人の直系組長を処分。後藤元組長は有名歌手を招いて誕生日のパーティーを大々的に開いたことが問題視されたが、警察関係者は「権力闘争が背景にあった」と振り返る。

 27年には弘道会の竹内照明会長が山口組の若頭補佐に昇格し、弘道会による支配体制を強化した。この人事も影響し、内部に蓄積していた不満が爆発し、100年の歴史を持つ山口組が分裂に至った。

 分裂後は、約4400人(30年末時点)の構成員を擁する山口組が、神戸山口組約1700人と任侠山口組約400人を圧倒。警察当局は、高山受刑者の復帰で抗争の先鋭化や、抗争資金捻出のためのシノギの活発化を警戒する。

 関係者によると、高山受刑者は再統合をにらむ一方、分裂した2団体が「山口組」と名乗ったまま存続していることに強い不満を示しているとされ、強硬姿勢を貫くとの見方がある。

 捜査関係者は「高山受刑者を『混乱を招いた張本人で、諸悪の根源』と批判する勢力もある。何が起きても不思議ではない」と話した。

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