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北工作員遺体漂着の「能代事件」 元捜査員が初証言 「恐怖で震えた」

 ■400万円の札束

 日が昇り、上司らの到着を待って現場検証が始まった。ボートの男の内ポケットには円とドルの札束。ドルは当時のレートで約400万円相当あった。「下っ端のスパイではないな」。心の中でつぶやいた。乱数表、地図、無線機に偽造運転免許証…。警察庁が北朝鮮スパイと断定する“七つ道具”が出そろった。

 銃は旧ソ連製トカレフ、上陸後に着替えるつもりだったのかスーツのような服も見つかった。免許証は大阪府公安委員会の発行で、伊藤さんは「関西のほうへ紛れ込むつもりだったのかもしれない」と振り返る。

 遺体発見の前日、海は大(おお)しけだった。県警は2人がボートで上陸を図り、高波にさらわれるなどして失敗したと結論づけた。

 だが、事件は終わりではなかった。

 5月10日、「第1次」の2人が見つかった浅内浜から北に約5キロの米代(よねしろ)川の河口で、1体の遺体が見つかった。死後約1カ月で腐乱が進んでいたが、所持品などからこちらも北朝鮮工作員と断定された。第1次と同じころに密入国を図った疑いも浮かび、「第2次能代事件」と命名された。

 ■高ぶる気持ち

 事件から56年がたった9月中旬、伊藤さんは事件後初めて浅内浜へ行った。その後の警察官人生で、スパイ捜査などには関わらなかったが、この2つの事件は特別の印象を放っている。当時と風景は一変していたが、現場に立つと「気持ちが高ぶった」。

 秋田県の海岸は能代事件以降も多くの工作員の上陸地点となり、侵入者には拉致実行犯もいる。県内から失踪した、拉致の可能性を排除できない「特定失踪者」も4人。伊藤さんは拉致問題に関する報道に触れるたびに心を痛めてきた。「工作員の侵入を許した結果、拉致は今も続く国家的な問題になってしまった。その一端ともいえる事件に関わった身として、何か支援をしていきたい」。伊藤さんはそう決意している。

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