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【佐藤優の世界裏舞台】研究不正と良心

佐藤優氏
佐藤優氏

 筆者は、今とても悩んでいる。キリスト教では、すべての人が罪から免れることができないと説く。罪が形になると悪になる。このことを再認識せざるを得ない事態に筆者は直面している。学校法人東洋英和女学院(東京)の院長で同学院大教授の深井智朗(ともあき)氏(54)の著作に不正が指摘されていた問題で、同大学の調査委員会は10日、複数の捏造や盗用を認定したと発表した。同日付で同学院は深井氏を懲戒解雇した。

 〈深井氏は調査委に「不正ではなく過失だ」との趣旨の説明をしたというが、記者会見した調査委員長の佐藤智美(ともみ)・同大副学長は「研究者倫理に欠け、不正への認識が甘い」と指摘。増渕稔・学院理事長は「院長の要職にある者の不正行為で誠に申し訳ない」と謝罪した。

 調査によると、深井氏はドイツ宗教思想史を専攻。平成24年の著書「ヴァイマールの聖なる政治的精神」(岩波書店)で、神学者「カール・レーフラー」の論文「今日の神学にとってのニーチェ」を論じたが、人物、論文とも実在を立証する資料がなかった。別の文献からの盗用もあった。

 27年に岩波書店の雑誌「図書」に発表した論文「エルンスト・トレルチの家計簿」でも、無関係な資料の使用が判明した〉(10日の産経ニュース)

 深井氏は筆者の友人だ。深井氏は東京神学大学、筆者は同志社大学神学部の出身で、2人とも専攻は組織神学(キリスト教の理論)だ。キリスト教神学とキリスト教学は、キリスト教を研究対象とする点は共通しているが、アプローチが本質的に異なる。キリスト教学は宗教学の一分野で、現象としてのキリスト教を実証的かつ客観的に扱う。神学はそのような学術的研究に加え、罪の中にいる人間を悔い改めさせて救済することが目的になる。だから政教が分離された国公立大学で神学を教えることは原理的に不可能である。同志社大学神学部も東京神学大学も日本基督教団(日本におけるプロテスタントの最大教派)の認可神学校で、牧師を養成する機関でもある。ちなみに筆者は牧師資格を持っていないが、深井氏は持っている。

 深井氏とは、平成29年4月から昨年夏まで毎月、2人でシュライアマハー(1768~1834年)というドイツの神学者の『宗教について』『神学通論』という神学書を精読した。この読書会には、深井氏についてキリスト教を勉強している国際基督教大学の学生数人が参加していた。深井氏は学識が豊かで、尊大なところがない。指導も丁寧で、学生の個人的な悩みの相談にも真摯に応じていた。その姿を見て筆者は「この人は、本質において牧師なのだ」と思った。

 昨年10月に深井氏の研究不正疑惑が浮上したとき、筆者は電話で真相を尋ねた。その際に、「言えないことがあるなら黙っていても構わない。どんなことがあっても深井さんへの友情は変わらない」と伝えた。深井氏は淡々とこう述べた。

 「あの本を書いてから、大学を2度変わった。引っ越しの際に開封していない段ボール箱がいくつもあって、資料がどこに入っているかわからなくなっていた。探すので待ってほしいと言っていたのに、捏造じゃないかという話になってしまった。今回の騒動が起きてから本格的に捜索して、資料は既に見つかったのだけれども、大学から調査委員会の見解が出るまで、外部に見せてはいけないと言われている。佐藤さんには内々にコピーを渡してもいい」

 筆者は「それを聞いて安心した。大学の指示は守った方がいい。コピーはいらない」と言って電話を切った。何らかの行き違いがあっただけで、深井氏が研究不正に関与しているとは思わなかった。

 11日に同志社大学神学部での講義があるので、前日に京都入りした。深夜、ホテルの部屋で東洋英和女学院がHPに発表した詳細な報告書を精読し、筆者は自分の認識が間違っていたと反省した。深井氏は現時点でも不正を認めていない。記憶が変容しているのかもしれない。深井氏と閉ざされた扉の中で、同じ神を信じる友人として腹を割って良心について話し合いたい。

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