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大熊町、避難指示解除の“現場” 入り交じる光と影「戻れる」「遅すぎた」

 あれから8年。再び元のような活気が戻るとは、思ってはいない。だが、山本さんは戻る決断に踏み切るという。帰還困難区域にある思い出が詰まった自宅を気にかけているためだ。

 「あと10年は生きられると思う。その間には戻れるかもしれないからね。少しでも近くにいて自宅をどうするか考えたい」。期待を寄せる。

 《ただ、8年の歳月は重くのしかかる。町が1月に行った住民意向調査では、町に「戻りたい」と答えた住民は14・3%にとどまり、「戻らない」との回答は55・0%にも上った》

 会津若松市の仮設住宅に住む中野浅子さんも大熊に戻らない決断をした。

 70歳を過ぎ、車のない身にとっては、買い物や病院に通うのが辛いためだという。「若い人がいないのもさびしい」と訴える。

 《福島県の11市町村に出された避難指示は平成26年4月以降、順次解除されてきた。最初に解除された田村市の一部は帰還率が81・3%に上るが、29年4月に解除された富岡町の一部は9・9%にとどまる。解除時期が事故から年数を経過するほど、帰還率が低くなっている実情も浮かぶ》

 中野さんは、震災前は大川原地区に隣接する地域で暮らしていた。だが、事故で住み慣れた自宅を離れざるを得なくなり、7年もの間、仮設住宅の暮らしを強いられてきた。

 災害公営住宅の入居が始まる6月を機に、仮設住宅を退去し、会津若松に新居を構えた長女夫婦宅に身を寄せるつもりだ。「1年とか、2年とかならまだしも遅すぎたんだ」。中野さんは自分に言い聞かせるように、そうつぶやいた。

     

 避難区域とは 平成23年3月の東京電力福島第1原発事故で放射性物資が拡散し、住民の生命・身体の危険を回避するために国が指定した。放射線量が高い順に「帰還困難区域」「居住制限区域」「避難指示解除準備区域」に分類。帰還困難区域は、年間積算量が50ミリシーベルトを超え、5年間経過しても20ミリシーベルトを下回らない恐れがあるとして、設定された。南相馬市、浪江町、大熊町、双葉町、富岡町、飯舘村、葛尾村の7市町村の一部で指定され、今も住民の避難が続いている。

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