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日本の親が子どもを「モノ」扱いしてしまう、根本的な理由

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日本の親が子どもを「モノ」扱いしてしまう、根本的な理由

 これは、「子どもは親の所有物」という思想が根強く残る社会だからこそ生まれた極めてユニークな発想である。親とはいえ、子どもにタバコの煙を強制的に吸わせるのは「虐待」というのが、世界では常識だからだ。

 例えば、親であっても子どものいる自動車内で喫煙することを罰則付きで禁じているのは、米国ではカリフォルニア州やオレゴン州など8つの州、オーストラリア、カナダ、イングランド、フランス、バーレン、キプロス、モーリシャス、南アフリカ、アラブ首長国連邦など例を挙げればきりがない。

 だが、そういう話をしても日本人の多くは「家庭のことに国が口出しをするなんて」という声があがる。今回の品川児相が親から文句を言われて引き下がったように、この国では子どもの安全より、「親の権利」を尊ぶという近代日本から続くカルチャーがまだ延々と続いている。

 親に養ってもらっている「所有物」なのだから文句など言わず、親の受動喫煙を吸い込むべし。そんな伝統的親子観に、リベラルと呼ばれる人々でさえいまだとらわれていることが、この「日本人特有の病」の根深さをよく物語っている。

 ■今本当に必要なのは

 今回、さまざまな問題提起がされるなかで、警察が結愛ちゃんの「反省文」を公開したことについて、「子育てに悩む親を余計に追いつめて問題の根本的な解決にならない」という意見を目にした。

 パッと見、リベラルで斬新な考え方のような印象を受けるかもしれないが、筆者から言わせると、戦前からなんの変わり映えもしない「子どもは親の所有物」に基づく考え方である。

 「児童虐待」は子育てや生活苦に悩む「弱い親」が行ってしまう。だから、そんな弱い人々を社会全体で手厚く支えてやることが解決の道である--。

 専門家が触れ回るこの手の話も、少し冷静に受け取れば、そこに「虐待される側」の視点が抜けていることに気付くはずだ。我々は病んだ社会にどっぷりと浸かっているせいで、「親」に手を差し伸べることばかりに執着し、いまだ子どもを「親の付属物」としてとらえている自覚がないのだ。

 他人事ではない。私もついカッとなって子どもに手をあげたことがある。そういう悩める親同士の苦しさは、『クローズアップ現代』とかで扱えばいい。こういう悲劇を防げなかったのは我々ひとりひとりの責任だ、みたいに問題を社会に分散させるのもなんの解決にもならない。

 今本当に必要なのは、結愛ちゃんのような子どもをこれ以上出さないために、近代日本から続く、「子どもは親のモノ」という呪いのような常識を壊すことではないのか。

 香川で保護されたとき、結愛ちゃんは「パパ、ママいらん」と言っていたが、結果としてそのまま自宅に送り返された。100年以上、「親中心主義」だった我々が「子ども中心主義」に移行するのは容易なことではないが、それをやらないといつまでも「子殺し」という悲劇が繰り返される。

 まずはこの厳しい現実を受け入れ、虐げられた子どもの言葉に目をそらさず、真摯(しんし)に耳を傾けることから始めるべきではないのか。

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