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日本の親が子どもを「モノ」扱いしてしまう、根本的な理由

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 ■親子心中が減って、児童虐待が増えた

 つまり、「子どもは親の所有物」という日本の伝統的親子観は、平成の世にも脈々と受け継がれている可能性が高いのだ。

 確かに、「親子心中」は戦前の年間200件、80年代の400件に比較するとかなり減少している。この問題に取り組んでいる「子どもの虹情報研修センター」の川崎二三彦センター長が『サイゾーウーマン』(2016年8月2日)で語ったところによると、2000年代の10年間について、18歳未満の子どもを道連れにした心中事例を新聞報道を基に調べたところ、395件、被害児童は552人に上っていたという。

 だが、これで日本の親の「子どもをモノ」としてとらえる「病」が克服できたと判断するのは早計だ。「親子心中」が減っていくのと反比例するかのように今度は児童虐待が増加しているのだ。厚生労働省の統計によると、「児童虐待」は90年に1101件だったものが、この25年間で10万件超えと100倍に増えているという。

 児童虐待問題を扱う人々は「親子心中」を「親による子殺し」として虐待の一形態とみている。つまり、親子心中という虐待が減ったのは、その分だけで暴力やネグレクト、言葉いじめなど直接的な虐待に流れている、と見ることもできる。

 つまり、自分が苦しくてもう死でしまいたいという欲求に、子どもという所有物を付き合わせていた親が減った代わりに、今度は、自分の苦しさや、行き場のない怒りをモノに当たるように、子どもにぶつけて憂さ晴らしをしている親が増加しているのだ。

 私は絶対に違う。子どもを自分の所有物だなんて思っていない。多くの日本人は胸を張って言えるかもしれないが、海外からみれば我々ほど子どもを「モノ」扱いしている国はない。分かりやすいのが、タバコだ。

 昨年10月5日、東京都議会で「子どもを受動喫煙から守る条例案」が成立した。これは、子どもがいる家庭や、自動車の中での禁煙を努力義務とした条例だが、構想がでた段階では、『東京新聞』など日本を代表するリベラル論壇から「治安維持法の再来だ」「監視社会の到来」など怒りのクレームが殺到した。

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