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日本の親が子どもを「モノ」扱いしてしまう、根本的な理由

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日本の親が子どもを「モノ」扱いしてしまう、根本的な理由

 ■「子どもは親のモノ」という考えを破壊すべし

 では、どう意識をかえるべきかというと、我々日本人が物心ついたころから刷り込まれている「子どもは親のモノ」という考えを根本から破壊するのだ。

 「はあ? オレはそんなこと1ミリも思ったことはないぞ!」と顔を真っ赤にして怒り狂う親御さんも多いと思うが、これまで日本社会が「子ども」に対してどんな仕打ちをしてきたかを振り返れば、我々に「子どもを親の所有物としてとらえる国民性」があるのは明白だ。

 それを最もよく象徴するのが、「親子心中」だ。

 親が後に残された我が子を不憫(ふびん)に思って道連れに--みたいな痛ましい事件が周期的に発生するので、日本人の多くはこれを現代社会特有の悲劇みたいに受け取っているが、そんなことはなく、正確には「日本人特有の病」のひとつだ。

 もちろん、親子心中はあらゆる国、あらゆる文化で確認される。例えば米国では、よく錯乱した父親が家族全員を銃で撃ち殺して、最後に自分も銃口をくわえる、という悲惨なケースも珍しくない。

 だが、日本が特殊なのはその扱いだ。

 多くの国では、血がつながっていても自分と異なる他者の命を奪う犯罪行為であり、そこにどういう事情があろうとも美化や正当化されない。それに対して日本では、「罪」の意識が希薄で、周囲からも「そこまで追いつめられた親も辛かったんだろうね」なんて同情の声も出てくる。

 そのあたりの特殊性は、今から30年以上前に米国で起きた「心中論争」が分かりやすい。

 ■痛ましい悲劇に全米は泣かなかった

 1985年1月、カリフォルニア州サンタモニカの海岸で、32歳の日本人主婦が、4歳の息子と6歳の娘を道連れにして入水自殺をして、自分だけ一命をとりとめた。

 心中の原因は夫の浮気。保護された女性は、取調官に「子どもだけを残して死ぬことは心配でできなかった」などと供述したという。

 我々の感覚では、「痛ましい悲劇に全米が泣いた」みたいな反応を想像するだろうが、当時の全米は腰が抜けるほど驚いた。その衝撃を、現地メディアのヘラルド・エグザミナー紙がこんな風に報じている。

 「米国では母親が愛情から子供を殺すことは極めてまれ。あったとしてもそれは憎しみからで、狂気のさたか、身勝手な残虐行為として非難される。ところが、日本では親子心中が年間四百件もある。しかも、自分だけ死ぬより、子を道連れにする母親の方が慈悲深いとされる」「これは日本社会では就職、結婚などのさい、以前、親のない子が差別される風潮があるからだ」(読売新聞 1985年3月15日)

 また、海外メディアがデマをまき散らしやがってと怒りに震える方も多いかもしれないが、この指摘はそこまで大ハズレではない。例えば、年間400件というのは82年に桃山学院大社会学部の飯塚進助教授(当時)が日本で親子心中が「異常に多い」ことに着目して、調査を行った結果である。

 「昭和五〇年から五十五年までの六年間に、全国で二千五百五十五件(年平均四二五・八件)の親子無理心中が起きている。一日平均一・一七件」(読売新聞 1982年12月30日)

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