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【中国探訪】四川大地震10年…追悼行事も監視対象 “自由”だった災害報道は消えた

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 その一つ、新建小学校跡を探した。別の場所に学校は移り、倒壊した校舎跡には商業施設が建っていると聞いていた。近くまで来ているはずだが、学校があった痕跡はどこにもなく、はっきりとは分からない。

 「新建小学校があった場所はどこでしょうか」

 所在なげにビルの入り口で座っていた初老の警備員に聞いてみた。男はじろりとこちらを見て、通りの反対側を指さした。

 そんなはずはないと思いつつも、言われた方に歩いていくと、その男も途中まで後をつけてきた。

 他の住民に尋ねた末にたどりついた校舎跡は、男が座っていたすぐ隣だった。警察関係者だったのだろう。震災10年で当局が敏感になっているのを感じた。

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 地震から復興までの間に被災地を訪れた内外の記者は「のべ20万人以上」(同記念館)とされる。

 四川大地震の発生直後、国内メディアは独自の報道を積極的に行った。外国メディアにも自由な取材を認め、「大地震は中国を変えた」と評されたほどだった。だが、1カ月もたたないうちに内外の報道規制が復活し、以前の“閉鎖国家”に戻ってしまった。

 当時、倒壊した学校の手抜き工事疑惑が表面化し、遺族らの怒りの声を外国メディアが伝えていた。

 今回の震災10年の報道でも、国内メディアは、手抜き工事が指摘される学校跡で遺族らが行った追悼行事については沈黙した。「負傷をした子供たちはこんなに成長した」「すべては党・政府の支援のおかげだ」という報道一色だった。

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