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【中国探訪】四川大地震10年…追悼行事も監視対象 “自由”だった災害報道は消えた

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 しかし映秀で開かれた震災10年の追悼式典で、習氏がそれを誇示することはなかった。そもそも習氏をはじめ、最高指導部メンバーの党政治局常務委員は誰も出席しなかったのである。

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 「●(=さんずいに文)川特大地震記念館」が曲山にある。館内で大きなスペースを占めていたのは「党中央・政府の力強い指導」コーナーだ。

 地震が起きるや、胡氏や首相の温家宝氏ら当時の最高指導部メンバーは競って被災地入りした。そのときの視察状況などが写真とともに紹介されている。

 習氏の写真も何枚かあった。当時は国家副主席である。地震発生から8日後、陝西省の被災地を訪れたときの写真では青いボタンダウンのシャツを着ている。

 一方、地震直後から被災地に入り陣頭指揮をとっていた温氏や、副首相だった李克強氏(現首相)は地味なシャツを着て、被害が最も大きかった四川省内を歩き回っていた。国民の間でも好評だったようだ。

 習氏が視察した陝西省は習氏の父親、習仲勲元副首相の出身地で、ゆかりのある地域なのだが、被害が相対的に少なかった。

 このため、ボタンダウンの青シャツを着て陝西省に赴いた習氏の評判は必ずしも良くなかった-と当時、一部で報じられている。いま、記念館を訪れる人は想像もできないことだろう。

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 映秀から約20キロの距離にある都江堰(とこうえん)市。小・中学校の校舎が倒壊し600人を超す児童・生徒が犠牲になった。地震直後から手抜き工事の疑いが浮上し、多くのメディアが訪れたところだ。

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