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【東日本大震災7年】福島の小1減少 放射線量の不安、移った生活基盤の影響色濃く

4月に開校する「なみえ創成小学校・中学校」の校舎。門にはまだ校名が刻まれいなかった=9日、福島県浪江町(松本健吾撮影)
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 小学校への進学予定者が震災前を大きく割り込む見通しとなった福島県。避難生活が長引き、生活の基盤が移ったことや、いまなお残る放射線量への不安が影響している。

 「一番の理由は健康被害の問題。放射能が怖い」

 震災後、いわき市から埼玉県内に自主避難した、中学2年と小学3年の娘を持つ40代の女性は、福島県に戻らない理由をこう説明する。

 「政府は大丈夫と言うけれど信用できない。線量は下がっているとはいえ、除染も完璧じゃない。子供の健康被害が何よりも怖い」。健康被害だけでなく子供たちの進路の問題もある。「上の子は来年、受験がある。埼玉でならたくさんの学校があるが、福島に戻ると選択肢は一気に狭まってしまう」

 こうした中、昨年3、4月に避難指示が解除された富岡町、浪江町、飯舘村と川俣町山木屋地区では、約7年ぶりに地元で小・中学校が再開する。

 このうち、飯舘村では新たに8人、富岡町では4人の入学が見込まれ、担当者はいずれも「予想よりも多い」と驚く。とりわけ昨年8月の意向調査で「入学させる」が4人にとどまっていた飯舘村教育委員会は「ありがたい」と喜ぶ。

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