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【東日本大震災7年】福島の山間部から山梨・富士川へ 生きる意味、彫刻で表現…若林克友さん

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 移住先の候補に挙がったのが、若林さんの祖父の生家がある山梨県身延町。家具工房は工場、倉庫、展示スペースを合わせて200畳ほどの広さが必要。地域の人の紹介で同県富士川町小室に決めた。天栄村と同じような山間部で、周辺には住宅はわずかしかなかった。

 福島の工房は閉じ、養蚕農家を改修して「スナンタ製作所」を立ち上げた。県内外から注文も増え、机、椅子、カウンター、ベンチに加え、彫刻の注文も来るようになった。

 若林さんは「便利で使い勝手の良い家具を作ってきたが、震災の辛い経験を経て、生きることの根本を考えるようになり、家族や周囲の人の幸せを願う気持ちが強くなった」と話す。

 山梨県富士河口湖町大石の商業施設「富士大石 ハナテラス」の店舗庭にある「木の節」がモチーフの90体の彫刻も、若林さんの作品だ。タイトルは「残生」。

 若林さんは「木が朽ちる過程では、柔らかいところから姿を消し、硬いところが残る。それが節。その強さを表現した」という。一方で、女性が穏やかに手を合わせて祈る作品も。木の強さとぬくもりが「生」への思いを伝えている。

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