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【福島第1原発事故 5年目の真実(3)】「犠牲覚悟」極秘の石棺作戦 政府はパフォーマンスのみ 陸自が模索

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【福島第1原発事故 5年目の真実(3)】
「犠牲覚悟」極秘の石棺作戦 政府はパフォーマンスのみ 陸自が模索

参院決算委員会の最中に東日本大震災が発生し、机の下にもぐる速記者ら。菅直人首相(当時)も驚いて周りを見渡した =平成23年3月11日(矢島康弘撮影) 参院決算委員会の最中に東日本大震災が発生し、机の下にもぐる速記者ら。菅直人首相(当時)も驚いて周りを見渡した =平成23年3月11日(矢島康弘撮影)

 しかし、自衛隊などの放水が功を奏し、原子炉は小康状態となった。3月27日に自衛隊は特殊装置を使い原子炉の温度を測定し、100度以下になったことを確認。決死の作戦は幸い、実行されることはなかった。

「飯舘村の人たちは何も知らなかった」「国民を信用しない政府」が危機拡大

 「国民を信用できない政府、政府を信用できない国民が、今も続く福島復興の遅れの原因なのではないか」。東京電力福島第1原発事故当時、首相官邸に出入りしていた民主党の長島昭久衆院議員は自戒を込めてこう話す。

 東日本大震災が発生する直前、菅直人政権の支持率は約18%と2割を下回っていた。首相自らが外国人からの献金問題を国会で追及され、政権はまさに瀕死(ひんし)の状態だった。

 そんな状況で発生した未曽有の大災害。菅氏は自らの支持率挽回、政権延命のためのチャンスとしか捉えていなかったかのようだ。

 象徴的なのは、いわゆる「東電撤退」問題。震災発生から4日後の平成23年3月15日未明、「東電社員が福島第1原発から全面撤退する」との情報を得た菅氏は、清水正孝社長を官邸に呼び、その意向をただした。清水氏は「そんなことは考えていない」と答えたのだが、菅氏はその後、自ら東電本店に乗り込み、「撤退したら東電は百パーセントつぶれる。逃げてみたって逃げ切れないぞ」と怒鳴った。テレビ会議でこの様子を見ていた福島第1原発の吉田昌郎所長は「(菅氏が)何かわめいていらっしゃるうちに、この事象(4号機で水素爆発)になってしまった」と証言している。

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