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「いよいよ明日逮捕だ」 連続企業爆破事件・世紀のスクープ 警視庁記者たちが震えた40年目の真実

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「いよいよ明日逮捕だ」 連続企業爆破事件・世紀のスクープ 警視庁記者たちが震えた40年目の真実

昭和49年8月30日、東京都千代田区丸の内の三菱重工ビル(右)で起きた爆弾テロ事件。昭和50年5月19日の産経新聞朝刊は連続企業爆破犯に逮捕状の特ダネを報じた(コラージュ写真、画像を一部加工しています)

記者座談会

 【鈴木隆敏】警視庁記者クラブで刑事、公安両部などを束ねたサブキャップ

 【山崎征二】犯人グループの爆弾闘争の教本が「腹腹時計」だったことを事件6日後にスクープした警視庁遊軍記者

 【生原伸久】事件発生時、警視庁内で爆弾の衝撃を実際に経験した捜査1課担当記者

 【村上克】捜査1課担当記者として、連続企業爆破事件のスクープと、東京・西新井の産院で起きた乳児・幸恵ちゃん誘拐事件の「犯人 きょう逮捕」のスクープで2年連続新聞協会賞を受賞。連続受賞は産経新聞が史上初めて

 【小野義雄】公安捜査員を追跡し、大道寺将司死刑囚の逮捕の瞬間をスクープしたカメラマン

 《スクープ前夜 ディープ・スロートから『いよいよ明日』 隠れ警視庁記者クラブに潜み、息を凝らした》

 鈴木 忘れもしない日曜日でしたけど、東京都千代田区のダイヤモンドホテルに集まれとの指示を受けた。それで改めて原稿を整理し直し、分担を決めて最後の夜回りをしようとなった。一旦みんなで会社に上がって、午後10時か11時か忘れたが、編集幹部が編集局に集合して、その中で原稿の扱いや掲載について打ち合わせをした。それをやっている間に、警視庁の福井惇キャップは土田国保警視総監に、私は公安一課長に夜回りに出かけた。

 山崎 ダイヤモンドホテルは、5月の連休明けに福井キャップが準備した。狼逮捕の10日以上も前だった。秒読みにはいり、警視庁記者クラブで産経だけが激しく動いて、他社に気づかれる危険があるという判断で、「隠れ記者クラブ」を密かに設置したと聞いている。私は当時、この爆弾事件の関連で北海道に出張していた。毎日、午前中の警視庁公安幹部と記者クラブとの定例記者会見(懇談会)には加わらず、「警視庁公安担当遊軍」として、かなりフリーに独自のネタ元を取材源にしていた。

 福井キャップから「Xデーが煮詰まってきたから、至急戻ってくるように」との電話指示があり、ダイヤモンドホテルに直行した。その数日後、NHKが朝の定時ニュースで「爆弾事件で東京行動戦線が捜査線上に浮かんだ」と流し、冷や汗をかいた覚えがある。当時、産経の取材陣がつかんだ「狼」らの反日武装戦線メンバーに、かつて「東京行動戦線」に入っていた人物がいたことを知っていたからだ。

 公安担当記者には、夜回りの対象者であるディープ・スロート(情報提供者)から、何度か電話がかかってきていた。詳細を私は知らないが、Xデーにむけて捜査の最後のツメをしていることを伺わせる内容だった。スクープ前日の昼過ぎにもディープ・スロートから、警視庁記者クラブに「◯◯さんはいませんか。すぐに電話が欲しい」との電話があった。その時、公安担当記者は夜回りで不在。留守番をしていた防犯担当記者が電話を受け、公安担当記者に連絡した。ディープ・スロートは勿論、自分の名前は明かさない。しかし、いつも留守番役だった防犯担当記者は、その声を覚えていた。公安担当記者がディープ・スロートから得た情報は「いよいよ、明日決行」でした。そこからスクープは動き始めた。

 福井キャップはその夜の10時、警視総監公舎を訪問した。帰宅したばかりの土田総監から福井キャップは「輪転機を止めてください」と懇願されたそうだ。明日(19日)がXデーであることを、土田総監が福井キャップに認めた発言だった。

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