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【温故地震】都司嘉宣 佐渡沖地震(1762年) 島北端を襲った大津波

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【温故地震】
都司嘉宣 佐渡沖地震(1762年) 島北端を襲った大津波

 新潟県・佐渡島の北端部は、津波が特に高くなりやすい地形であることを、昨年1月27日付の本欄で紹介した。海底が沖に向かって浅く舌のように突き出し、これに沿って津波のエネルギーが集中するからだ。

 だが古文書の研究で、この地形は単に津波が高くなりやすいだけでなく、中規模程度の地震でも大津波が起きることが分かった。

 佐渡は宝暦12(1762)年9月15日の佐渡沖地震でも、津波に襲われた。その被害状況は、島の北西部に位置する相川の町年寄、伊藤三右衛門が「佐渡国略記」という文献に丁寧に書き留めていた。

 それによると、相川では組頭・野村安助の邸宅の石垣が崩れ、武士の住む長屋が破損し、寺院の石垣などが傷んだという。また、金山で働いていた石工のうち、落石で1人が死亡し、4人が両足を負傷。島南西部の真野にあった順徳天皇のご陵の石垣が崩れた。

 本州側についても、新潟で古町四番地の権現社で青黒色の砂水を噴き上げ、西堀通り、東堀通りも同様だったという記述が「松浦久蔵日記」にあり、液状化が起きたとみられる。これらから、相川、真野、新潟では震度5強程度の揺れだったと推定される。

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