酒米栽培で地域貢献「かけがえのない存在亡くす」 最後の行方不明者、山本辰幸さん(77)

北海道震度7地震
山本辰幸さんらが生産する酒造好適米でつくられた地酒「美苫」は地元の商店で売られている=11日、北海道厚真町(三宅真太郎撮影)

 最大震度7の揺れで大規模な土砂崩れが発生した北海道厚真(あつま)町で、10日に発見された最後の行方不明者、山本辰幸(たつゆき)さん(77)は、町内に2人しかいない苫小牧の地酒「美苫(びせん)」に使われる米の生産者で、有数の腕を誇った。水田も土砂に押しつぶされ、知人らに悲しみと不安が広がる。一方、被災地には11日、厳しい冷え込みが襲い、電気供給への不安が渦巻いた。

 山本さんは米作りの名手だった。父の権作さんが開いた水田を親子2代、70年にわたって守ってきた。まじめで素朴な人柄が示すように、黙々と農作業に打ち込み、「3~4年に1度は不作になる」という北の大地で、他の農家が軒並み振るわない年でも平年並みの収穫量を確保していた。

 収穫された米は良質さでも知られた。平成12年には、皇居で行われる新嘗(にいなめ)祭に献上される新米に選ばれた。水やりや肥料の調整など基本的な作業を着実にこなせることが良質な米を生産できる条件とされるが、JAとまこまい広域農協の松原正明理事参事(57)は「彼の性格があってこそ作ることができた米だ」と語る。

 ただ、山本さんがおごることはなかった。献上米に選ばれたときも「自分の米で本当に良いのか」と謙虚な様子だったという。

 酒米を手掛けたのは翌13年。小樽市の酒蔵「田中酒造」が醸造する地酒「美苫」の酒米生産を任された。毎年一定の酒の醸造量に対応するため「安定して生産できる腕が確かな農家にしか任せられない」(JA関係者)。町内に2人きりしかいない。

 地酒「美苫」は地域の特産品として商店などで販売され、地元の人や観光客らに親しまれていた。

 だが、山本さんが妻のリツ子さん(77)と長女のひろみさん(50)とともに土砂崩れの犠牲になり、収穫を間近に実った稲も土砂に押しつぶされた。

 JAとまこまい広域農協によると、もう1人の生産者の水田も被害を受け、酒米の収穫や今後の生産の見通しは不透明だ。

 農協理事参事の松原さんは「地域にとって大切な人を失った。何年かかるか分からないが、復興に向けて少しずつ前に進んでいきたい」と話した。(三宅真太郎)