40年ぶり「相続法制改正」の意義 麗澤大学教授・八木秀次

正論
麗澤大学の八木秀次教授

 民法その他の相続法制が改正された。昭和55年以来、約40年ぶりの改正となる。相続は肉親の財産の継承という誰にも関わる問題だが、「モリカケ」問題や統合型リゾート施設(IR)実施法案の陰に隠れて、国会でも大した議論がなく、拍子抜けするほどすんなりと早期に成立した。

 婚姻制度を強化した点に特徴

 今回の相続法制改正は、(1)自筆証書遺言の様式を緩和し、財産目録はパソコンでの作成が可能になった(2)自筆証書遺言を法務局で保管し、閲覧を可能にした(3)これまでは遺産分割協議が成立するまで被相続人(故人)の遺産の払い戻しや名義変更ができなかったが、金融機関での「仮払い」制度を創設し、生活費の確保や葬儀費用の支払いを一定金額内で可能にした-という点もあるが、何より高齢化社会を見据えて配偶者を保護し、その結果、婚姻制度を強化した点に特徴がある。

 第1に「配偶者居住権」を創設した。これにより、居住権を取得すれば、夫の死後、妻は住居の所有権が別の相続人(実子や先妻の子、夫の非嫡出子など)や第三者に移っても追い出されずに自宅に住み続けることができるようになる。自宅が遺産分割の対象になっていても遺産分割が終了するまで妻は無償で住むことができる「配偶者短期居住権」も創設した。

 平成25年9月4日、最高裁が非嫡出子の法定相続分を嫡出子の2分の1とした民法900条4号但し書きを憲法違反と判断した(後に民法改正で同但し書きは削除)。同じ「子」として平等であるべきだとの判断だが、その結果、嫡出子の母である妻の立場が弱まることが懸念された。妻以外の女性との子である非嫡出子が遺産分割を主張すれば、法定相続分が増えた分、住み慣れた住居を売却してでも非嫡出子の相続分を捻出する必要がある。

 同様の懸念は妻の実子であっても母子関係が悪い場合や、先妻の子と妻との関係にもある。相続の結果、配偶者が住み慣れた住居からの退去を余儀なくされないよう保護しようとの措置だ。

 保護対象は法律上の「配偶者」

 第2に結婚20年以上の夫婦を優遇する措置を設けた。具体的には、妻が夫から生前贈与や遺言で譲り受けた住居は遺産分割の計算対象から外すことにした。これにより配偶者は住居を離れる必要がないばかりか、他の遺産が増えることになり、老後の生活の安定を図ることができるようになる。

 第3に「特別寄与分」を創設した。被相続人(故人)への療養看護など労務の提供を無償で行った親族の内、相続権のない者も遺産分割の際、相続人に金銭請求ができるようにした。従来なら、夫の両親を介護してきた妻は相続人ではないので相続権はない。他方、夫の兄弟姉妹は介護に熱心でなかったとしても、被相続人の子であるというだけで相続できる。

 この点の不公平を解消するため、相続人以外の親族の貢献を「特別寄与分」として考慮し、妻が相続人(夫やその兄弟姉妹)に金銭請求ができるようになる。

 言うまでもなく、以上でいう「配偶者」とは婚姻(法律上の結婚)における相手方、つまり男女の組み合わせを前提として、夫に対する妻、妻に対する夫を言い、内縁・事実婚・同性カップルのパートナーは含まない。保護されるのは、法律上の結婚をしている「配偶者」に限定される。これは同時に婚姻制度の強化を意味する。有り体に言えば、「結婚すればお得」ということであり、政策的に結婚に誘導する意味を持つ。

 高齢化社会に対応した措置だ

 この点については法案の基をつくり、私も委員として議論に参画した法制審議会民法(相続関係)部会でも異論があった。議論の終盤で複数の委員・幹事から上記の「特別寄与分」について親族だけでなく、内縁・事実婚・同性カップルのパートナーにも対象を広げるべきだという意見が相次いだ。

 これに対し、私は常に多勢に無勢で損な役回りであったが、その都度、「それは婚姻制度とは何かという本質に関わる問題で、ここで議論すると収拾が付かなくなる。それよりも今の法体系の中で報われない配偶者を救済すべきだ」との主張を繰り返した。最後は私の意見が通った形になった。

 昨今のLGBT(性的少数者)に対する行政上の扱いをめぐる議論にも関係するが、婚姻は「子供を産み育てる制度」として構築され、他の人間関係より特別に保護されている。

 子供が生まれなかった夫婦や子供を産まない夫婦も存在するが、婚姻の制度趣旨はその中で子供を産み育てるものとし、夫婦の関係を法的に安定させ、子供の成育環境を整えてその福祉を図ろうというものだ。その点、その関係の中で子供の生まれない同性カップルや、男女の関係であってもあえて婚姻を選ばない内縁・事実婚とは法的扱いを異にすることには十分に合理的理由がある。

 婚姻制度の意義を踏まえ、高齢化社会を見据えた有益な改正であると信じている。(麗澤大学教授・八木秀次 やぎひでつぐ)