教団の「頭脳」、兵器開発、事件関与を供述… それぞれの横顔

オウム死刑執行
オウム真理教事件の死刑囚と収容先の拘置所

■岡崎一明死刑囚(57)=坂本弁護士事件を供述

 山口県出身で、最古参幹部の一人。地下鉄サリン事件の直後から、警察の事情聴取に応じて坂本弁護士一家殺害事件について関与を認め上申書を提出、供述を始めた。これが教団幹部の逮捕や坂本弁護士一家の遺体捜索の突破口になった。8年4月の初公判で、坂本弁護士一家とその遺族に涙ながらに謝罪し、「わが身がこの世に存在することすらしのびなく恥じるばかり」と声を震わせた。

■林泰男死刑囚(60)=最多8人の死者出す

 東京都出身で工学院大卒。地下鉄サリン事件では他の実行犯よりも1袋多い3袋のサリンを自ら志願して日比谷線車内にまき、被害者は最多となる8人の死者を出した。事件後、多くの信者が逮捕される中、平成8年12月まで逃亡した。初公判から一貫して罪を認め、「いずれの事件も麻原(彰晃元死刑囚)が命令を下したものと分かっていた」と話した。

■広瀬健一死刑囚(54)=教団の「頭脳」武装化支える

 オウム真理教で「科学技術省次官」を務め、地下鉄サリン事件では散布役を担当。教団内の「頭脳」として、豊田亨死刑囚とともに、武装化を支えた。早稲田大理工学部応用物理学科をトップの成績で卒業し、大学院に進学。企業への就職も決まっていたが、麻原彰晃元死刑囚の著書を読み「尾てい骨から熱いものが上昇する神秘体験」をしたことから出家。自動小銃の密造などに関わった。

■横山真人死刑囚(54)=地下鉄サリン散布役

 地下鉄サリン事件のサリン散布役だった。公判で当初、わずかながらも証言していたが、麻原彰晃元死刑囚の公判に証人出廷し、麻原元死刑囚から「怖くなければしゃべればいいじゃないか」とささやかれて以来、口を閉ざした。弁護側は、サリンを散布した地下鉄車内で死者は1人も出なかったとして、死刑の回避を訴えたが、判決は「事情を考慮しても死刑はやむを得ない」とした。

■豊田亨死刑囚(50)=「物理学のエキスパート」兵器開発担う

 地下鉄サリン事件で散布役を担当。東大理学部物理学科で素粒子論を研究し、大学院博士課程に進学した後の平成4年に、麻原彰晃元死刑囚に誘われ、出家した。教団では「科学技術省次官」を務めた。教団の出版物では「物理学のエキスパート」と紹介され、兵器開発を担当した。逮捕後、教団と決別。「被害者は何も言えずに亡くなった」として、対外発信を控えた。

■端本悟死刑囚(51)=諜報省「武闘派」信者奪還も

 早大法学部3年に在学中の昭和63年に出家し大学を中退。教団では大学のサークルで鍛えた空手の腕前を買われ、「諜報省」に所属した。「武闘派」として脱会信者の連れ戻しを担当。右手薬指には坂本堤弁護士宅に押し入った際、妻の都子さんにかまれてできた傷があるといい、法廷で泣きながら「悲鳴を抑えようとしたら指をかまれた。傷を見るのがつらい。傷は十字架のようなもの…」と語った。