「真相が解明されないまま無念」「神格化されると怖い」山梨・旧上九一色村

オウム死刑執行
サリン製造プラントのあった第7サティアンの当時の写真をみて振り返る竹内精一さん=6日、山梨県富士河口湖町富士ケ嶺(昌林龍一撮影)

 かつてオウム真理教の拠点施設があった山梨県の旧上九一色村の富士ケ嶺地区は、平成18年の分村を経て、現在は富士河口湖町となっている。オウムがサリンを製造し、平成7年には警視庁による強制捜査が全国ニュースとなった地は今、その面影はほとんどなく、訪れる人も少ない。麻原彰晃死刑囚ら7人が死刑執行された6日、当時を知る住民からは、「区切りがついた」と安堵する声とともに、いまだ真相が十分に解明されていないことへの複雑な思いも聞かれた。(昌林龍一)

 オウム真理教の反対運動の先頭に立った「富士ケ嶺地区オウム真理教対策委員会」の元副委員長、竹内精一さん(90)は、「びっくりして声が出なかった。真相が解明されないまま死刑かと思った」と話した。

 竹内さんは、サリン製造プラントがあった第7サティアンの跡地で、「麻原は私の悪口を言っていたようだが、私と会うと肩をぴくっとさせて静かになった。意気地のない奴という印象だった」と振り返った。

 「(地下鉄サリン事件などの)多くの被害者、その家族の心情を考えると、死刑です」としながらも、竹内さんは「ただ、どうしてあのような事件を起こしたのか。真相が闇に葬られた。麻原を治療し、理由を語るようになってから、死刑は執行してほしかった」と話した。

 他の死刑囚についても「麻原に命令されてやらざるを得なかったという面がある。もっとオウム真理教のことを語らせるべきだった」と話した。

 富士ケ嶺地区の伊藤正夫区長(73)は死刑執行について「『この日がついに来たな』という気持ち。被害者の家族を考えると死刑は当然」と語った。

 伊藤さんは第2、3、5サティアンの跡地に建てられた被害者の慰霊碑に足を運び、手を合わせた。

 「死刑で(麻原死刑囚らの)神格化が強まる可能性がある。後継団体の信徒が死刑執行をどう思うか気になる」と憂慮した。

 平成9年から村長として村の再興に努めた小林実さん(78)は「死刑執行まで長かった。教団には長い間苦しめられ、小さな村の財政でサティアンを処理するにも大変だった。地域のイメージも悪くなり大変だった。これで一区切りついた」と思いを語った。