【慰安婦をめぐる損賠訴訟】元朝日新聞記者、植村隆氏の記者会見詳報(2) - 産経ニュース

【慰安婦をめぐる損賠訴訟】元朝日新聞記者、植村隆氏の記者会見詳報(2)

3月23日、弁論後に記者会見する元朝日新聞記者の植村隆氏=札幌市の司法クラブ(杉浦美香撮影)
 ■伊藤誠一弁護士
 この裁判がはじまって、今日、最大の山場だった。この間の双方のやりとりは証拠のつきあわせのなかで、名誉毀損の訴訟だが、新聞記者が署名入り記事をかくのがどういうことなのか、真っ正面から問われるという訴訟になっている。たとえば、植村さんが尋問にこたえてくれたが、彼が書いた一行一句を問われて答えなければならない。非常に厳しい職業だな。
 植村さんの正当性、取材の正確性というのが間違っていないんだというのをサポートし、手の内をいうと、櫻井さんもジャーナリストと言ったので、過去の過去の言動と今日の言動との間の落差はないのか、と調査することについても、ジャーナリストの人たちが植村さんを支えてくれ、ここに使わせていただいた。弁護団代表、事務局長もいるが、名誉毀損という訴訟だが、ジャーナリズムとはなにかということ、新聞記者が署名記事をかくということを厳しく問われる訴訟になっている。
 論点は、いろいろあったようにみえたが、ここにきて、もう、被告の主張は、挺身隊と慰安婦イコールだとか、混同はどうでもいい。金学順という(慰安婦と)カミングアウトした人が、その数日前にテープで独白したわけだが、そのテープで自分は、女子挺身隊の名のもとに戦場に連行された、とはいっていない。
 金学順さん、ほかの慰安婦にされた人や、挺身隊にされた人はどうでもいいと…。民事訴訟はそうなってしまうが、つまり捏造となった、という記事が、ことがどうだったのではないのか、フォーカスされるが、この訴訟では金学順さんが、挺身隊という名で戦場に連行されたか否か、ということだけを、同類にして、応戦してきている感じがする。きょうのお2人の話をふまえて、最終準備書面をかくが、その観点からその点をはずさないように主張していきたい。
 --主尋問というか、原告側の尋問で、植村さんにしつこく質問がされていたなかでも、たとえば吉田証言の話がでてきたり、あるいは櫻井さんも繰り返しいっていたが挺身隊の名で強制連行とはいっていないとか…。そのあたりどのぐらい今回、自分の主張が、裁判官に伝ええられたのか
 ■植村隆氏
 当初から吉田清治さんのことを取材したこともないし記事も書いたこともない、といっている。今日はそれは改めていってはいないが、今までもいっているので証拠でわかる。吉田さんのことをいっぱい、いわれて吉田さんの本を読んだかといわれたかといって、取材するうえであたりまえですが本は右から左までいっぱい読むが、そこに立脚していない。ぼくの記事に吉田清治は出てきていないでしょう。
 2つの山を経て、今日の山場も大事だが、前回の2月16日の北海道新聞の(ソウル駐在記者を務めた)喜多(義憲)さん証人尋問も重要だった。皆さんに参考に資料をもってきた。喜多さんが金氏に会って「戦前、女子挺身隊の美名のもとに従軍慰安婦として戦地で日本軍将兵たちに陵辱された…(記事からの引用)」とほとんどぼくと表現が同じじゃないですか。実は、喜多さんはそれを2月16日の証言でいわれた。そこに僕は今回の裁判の一番のポイントがあったと思う。
 (証言の)速記録のなかででてきたものを確認、皆さんに配ったメモを引用させていただきます。
 私の記事の3日後に金学順氏さんと単独インタビューした方です。喜多さんは法廷で、私の記事に対する櫻井氏の主張について『言い掛かり』との認識を示しました。そして『証言することにしたのはなぜですか』という尋問に、こう答えました。『植村さんと僕はほとんど同じ時期に同じような記事を書いておりました。それで、片方は捏造したと言われ、私は捏造記者と非難する人たちから見れば不問に付されているような、そんな気持ちで、やっぱりそういう状況を見れば、違うよというのが人間であり、ジャーナリストであるという思いが強くいたしました』
 こういう発言をしてくれました。当時、直接取材してくれた人がいってくれる。もうひとつの山場だったと思う。2つの山場をへて次、結審にいたります。こういう思いが裁判所に伝わるのを期待している。
   =詳報(3)に続く
※冒頭の「伊藤清一弁護士」を「伊藤誠一弁護士」、植村隆氏の発言中の「喜田さん」を「喜多さん」と修正しました。