「落とす」取り調べ技術 可視化・黙秘権…捜査は激変、真相解明が阻害される懸念

平成30年史 変容する犯罪(5)

 今年6月中旬。東京・池袋の警察施設。屈強な男たちが机を挟んで向き合っていた。「取り調べ技能専科」と名付けられた刑事を集めた警視庁の研修だ。

 平成23年に始まった研修は年2回開催され、1回に50人が参加。中心は取り調べ役と容疑者役に分かれて模擬取り調べを行う、ロールプレーイング形式の講習だ。供述拒否権の説明はあったか、供述の誘導はないかがみられている。

 「年に100人が研修を受ける形だが、現場の刑事は忙しく各署でも学べるようDVDも作成している」(警視庁幹部)

 「取り調べにおける質問要領」と題されたDVDでは、「良い例」と「悪い例」を紹介している。

 良い例では、取り調べ開始前に容疑者役に体調や不安に感じることはないかを尋ねる。こうしたことで信頼関係を築き、自由に話させることで任意性を高めるとDVDは解説する。

 一方の悪い例では、取り調べ官が高圧的な質問を投げかける度に「誘導」「遮り」「強要」などの字幕が表示される。どの質問にどのような問題があるかが一目で分かるようにした。取り調べの技能伝承も映像学習に頼る時代になっているのだ。

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 取り調べ技術。これまでの捜査現場では、「先輩から見て学べ」と言われていた。大事件があれば名刑事が取り調べに投入され、その相棒として次代を担う若手が補助を務めた。

 「容疑者は落ちる(自供する)直前に大きくつばを飲み込んだりする。『近い』と思ったときに、容疑者が水をくれと言ってもやらない。水を与え、そのまま供述まで飲み込まれて痛い目にあったことは誰しも経験する。その瞬間が分かるかどうかが左右する」と元取調官は明かす。

 だが、取り調べで容疑者を落とす過程を若手が体験する機会が減少しているという。殺人などの重要事件では最近、当初容疑を認めていた容疑者が弁護士がついた後に黙秘に転じるケースが相次いでいる。

 取り調べの録音・録画(可視化)が拡大する中、日本弁護士連合会が黙秘権の効果的な使い方をレクチャーする研修を全国で開催。「黙秘権」を積極的に活用する動きが弁護士に広まっているためだ。

 可視化と裁判員裁判の導入により捜査現場でも、黙秘前提の捜査を進め、DNA型鑑定や防犯ビデオ映像の解析など動かぬ証拠が重視される。「供述」を引き出す重要性が相対的に薄らいでいる感は否めない。

 平成に入り、刑法犯の認知件数は14年の約285万件をピークに急減。検挙率は18年に3割台に回復後、横ばいだ。数字上は治安は回復している。だが、事件の真相を解明して治安の向上を担う警察活動の中で、容疑者本人から犯行の動機や経緯に関する供述を得る取り調べの占める位置が重いのは変わらない。

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 「全面可視化」「黙秘前提」…。激変期を迎えた捜査環境下、深い取り調べの結果得られる自白によってなされる事件の核心部分の解明が阻害されるのではないか-。そんな懸念は警察にもある。

 元警察庁長官、吉村博人(よしむら・ひろと)氏(68)は勇退した21年の秋、「文芸春秋」に取り調べの全面的な可視化に反対する一文を寄せた。警視庁と大阪府警で刑事部長、警察庁では刑事局長を歴任。事件を通して時代を見取り、犯罪捜査から社会の変化を感じてきた。

 寄稿当時の思いを含め、吉村氏は言う。

 「画像解析やDNA型鑑定が現在の捜査に有効なのは言うまでもない。取り調べは取調官と容疑者が人間的な信頼関係を築いた上での、真実をめぐる全人格的対決であり融和だ。特に難しい事件の真相解明には、容疑者の人格の深奥に入り込んだ詳細な事実経緯の自白が必須。カメラとマイクを前にする全面可視化の下で、それができるのか」

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 第6部は豊川雄之、加藤達也、荒井敬介、滝口亜希、安里洋輔、緒方優子、村嶋和樹、上田直輝が担当しました。