電話1本…ヤミ金撲滅が生んだ「オレオレ」 挫折エリートが詐欺を効率化 アジトには水溶液入りバケツ

平成30年史 変容する犯罪(3)
特殊詐欺の被害額の推移

 「騙(だま)されるやつらは、どうせいつかどこかで騙される。じゃあ先に騙したほうがいいでしょう」

 男は冷たい笑みを浮かべながらこう言い放った。

 年齢は40代。待ち合わせ場所には運転手付きの高級セダンに乗って現れた。

 投資家として活動し、億単位の資産を所有するが、その原資となったのは過去の「裏仕事」で得た金だ。

 男は指で電話をかけるしぐさを見せながら、悪びれるそぶりも見せずに言った。

 「OSですよ、OS」

 「OS」とは仲間内で使う隠語で、「オレオレ詐欺」を意味するという。

 平成16年に警察庁が改称し、「振り込め詐欺」と呼ばれることになった詐欺の一形態だ。

 未公開株や社債への投資、融資保証金、還付金-。あの手この手で、高齢者らから電話1本で現金を騙し取るこの犯罪は、やがて「特殊詐欺」と総称されるようになり、被害は瞬く間に広がった。

 男は、その勃興期に自ら詐欺グループを率いた。現代社会に登場した“巨大犯罪市場”が生み出された現場に身を置き、その拡大の過程をつぶさに見てきた。

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 警察庁によると、警察当局が特殊詐欺の被害を最初に確認したのは15年。

 その年の被害総額は約43億2000万円だったのが、25年には約489億5000万円にまで膨れあがった。

 10年間で被害が10倍以上に激増した犯罪の源流をたどっていくと、ある事件に行き着く。

 警視庁などが15年1月、東京・新宿のヤミ金融業者を出資法違反(高金利)の疑いで摘発したことに端を発する「五菱会事件」だ。

 違法な高金利を客から徴収していた業者が、資金を指定暴力団山口組系2次団体「五菱会」(当時・清水一家に改称)に還流させていた事件である。

 事件を契機として警察当局はヤミ金融業者への取り締まりを強化。ヤミ金融が退潮していった一方で、目立ち始めたのが特殊詐欺の被害だった。

 この時期が重なっていたのは、偶然ではない。

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 「特殊詐欺のルーツはヤミ金融にある。五菱会の事件後、多くのヤミ金融業者が特殊詐欺にくら替えした」

 こう断言する男も元来、ヤミ金融を商売にしていた。男のグループは、ピーク時には店舗数300店、従業員は1300人を数えた。多重債務者らに、1週間で50%、10日で75%-という高金利で金を貸し付けて暴利を貪(むさぼ)っていた。

 従業員は、貸付残高と回収率に応じてランク分けし、成績上位者には億単位の報酬を支払うこともあり、自身も、「月収は最低でも2億から3億円くらいあった」という。

 ある日、男の部下が電話1本で、架空の貸付金の詐取に成功した。グループ内ではこの「新たなシノギ」が瞬く間に広まった。

 「ヤミ金融の三種の神器は、電話と名簿と口座。それに弁が立つやつがいれば、確実に利益を上げられる。それは特殊詐欺も同じだ」

 男は“業容”を拡大しても、新たな獲物探しに余念がなかった。ヤミ金融で使う多重債務者名簿のほか、通販会社や健康食品会社の顧客名簿など、あらゆる個人情報を収集した。

 正業を持つ身となり、「今は足を洗った」と笑う男に良心の呵責(かしゃく)はないか、と問うた。すると男は「まったく」と笑って続けた。

 「無知な人間を搾取するっていうやり方は、これまで一部の特別な階層にいる連中が散々やってきたこと。それを俺たちもやってるだけなんですよ」

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 挫折エリートが詐欺を効率化

 「『情』と『恥』。日本の社会を形作る、この2つの心根につけ込む犯罪だからだ」

 なぜ、特殊詐欺はこれほどまでに蔓延(まんえん)したのか。

 その問いに対する元捜査員の答えだ。

 数々の経済事件の現場を経験した元捜査員は、2000年代に突如出現した「新型犯罪」が瞬く間に日本社会を侵食するさまを目の当たりにしてきた。

 「子を思う親の情。身内や自分の恥を周囲に知られたくないという心理。詐欺グループはそこを巧みに突いてくる」

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 続発する被害に捜査サイドも手をこまねいていたわけではない。

 警察庁は平成16年、同庁幹部を筆頭にする緊急対策チームを設置。17年には、首都圏の拠点に全国の警察から捜査員を集めて、「振り込め詐欺」の専従班を発足させるなどさまざまな対策を講じてきた。

 「集められたのは、20代から30代の若い捜査員。首都圏に集中する銀行や携帯電話会社との連携を取りやすくする目的もあった」

 警察庁幹部はこう語る。

 時を同じくして、詐欺の「ツール」として使われることが多かった他人名義や架空名義の銀行口座と携帯電話の不正利用を防止する法律も制定された。

 しかし、複数の業者を経由して利用者の特定が困難になったレンタル携帯やIP電話を利用するなど詐欺グループ側の手口も次第に巧妙化していく。詐欺グループが、詐取金を引き出す「出し子」や、詐欺電話をかける「掛け子」など、役割を細分化していったことも、捜査を困難にした。

 先の元捜査員は、「詐欺グループは分業制を敷き、互いの接触を最小限にすることで上位にまで捜査の手が及ばないようにしている。末端の者の捜査を足がかりに組織を一網打尽にする『突き上げ捜査』がやりにくい仕組みが作り上げられている」と唇をかんだ。

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 高度にシステム化された詐欺の裾野は時を経るごとに広がっていった。

 犯罪に手を染めるのは、暴力団や「半グレ」などの組織的な犯罪集団ばかりではない。

 20年に警視庁などが摘発した事件が象徴的だ。

 詐欺グループのリーダーとして逮捕された男=当時(29)=は、仲間内から「キング」と呼ばれ、わずか2年半で1千人超から19億円を荒稼ぎした。

 男を頂点とする組織のメンバーには有名私大の学生や、難関高校の出身者らも交じっていた。

 別の詐欺グループを率いていた男は言う。

 「この世界に入ってくるやつはいい所までいって途中で挫折したやつが多い。表の社会では落ちこぼれたけれど地頭はいい連中だ。詐欺でもうけた金を元手に起業する者もいた」

 詐欺の手口は次第にマニュアル化され、複数のグループに共有されるようになっていった。マニュアルには、捜査の目を免れるためのノウハウも含まれる。

 先の元捜査員は、「詐欺電話をかける『掛け子』が集まるアジトには、水溶液が入ったバケツが用意されているケースが多かった。水溶性の紙に名簿を印字し、警察が踏み込んだときに即座に証拠隠滅するためだ」と振り返る。

 警視庁は知能犯を扱う捜査2課や、立てこもり事件などの捜査に当たる捜査1課特殊班(SIT)の捜査員らで構成された特別専従班を結成した。

 詐欺グループのアジトを摘発する際、迅速に容疑者を制圧して証拠隠滅を防ぐためだ。今年5月からは警察庁が主導し、詐欺に使用された電話番号に繰り返し架電し、「詐欺電話」を使用不能にするシステムの運用が始まった。

 「警察と詐欺グループとのいたちごっこになっている側面は否めない。それでも地道に捜査を進めていくしかない」

 元捜査員はこう言い切った。