ストーカー事件多発 あらゆる通信手段を規制対象にと訴えるも対応に遅れ 「『助けて』という人を守れる国にして」

平成30年史 変容する犯罪(1)
ストーカー事案の相談等件数

 「出所後、今度こそ殺しにくるのではと一生恐怖を感じて生きることになる。死んでしまってほしい」

 2月、東京地裁立川支部の101号法廷。遮蔽用のついたて内で、被害者女性がそう述べた瞬間、被告人席の男が叫んだ。「じゃあ殺せよ!」。裁判長から退廷を命じられ、ついたて脇を通る際、男は今度は子供をあやすような口調で「殺すわけがないだろう?」と語りかけた。その後、女性の声は震え続けた。

 女性は芸能活動をしていた女子大生、冨田真由さん(21)。昨年5月、東京都小金井市でファンの岩崎(旧姓・岩埼)友宏受刑者(28)にナイフで刺され一時重体となり、かろうじて一命を取り留めていた。岩崎受刑者は殺人未遂罪などに問われ、今年3月、懲役14年6月の実刑判決が確定した。

 岩崎受刑者は事件の約2年前から、冨田さんのブログやツイッターに交際や結婚を求める投稿を執拗に繰り返していた。冨田さんが拒絶しても「諦めない。僕はしつこい」「憎んでほしい。愛している」などと投稿し続け、最終的にブロックされた。恨みに思った岩崎受刑者は事件1週間前にナイフを購入し、自身のブログに「ギターは墓標」「君の努力を全部無駄にする」などと犯行予告とも取れる内容を書き込んだ。

 岩崎受刑者がライブ会場に向かう冨田さんを待ち伏せし、首などに30カ所以上の傷を負わせる凶行に走ったのは、ブロックからわずか3週間後のことだった。

                 ■ ■ ■

 「原点は、詩織です」。黄色いひまわりの花に囲まれ、晴れ着姿ではにかむ女性。平成11年10月、埼玉県桶川市で元交際相手の男らに殺害された猪野詩織さん=当時(21)=の父、憲一さん(67)と母、京子さん(同)は、まな娘の遺影を前に事件後の18年間に思いをはせる。

 詩織さんが殺害された桶川事件が、その後相次いだストーカー事件の原点といえ、その後、ストーカーという言葉が定着した。

 “警察不信”。まさにそんな言葉に象徴される事件だった。脅迫され命の危険を感じた詩織さんの必死の訴えに対し、警察が告訴の取り下げを要請するなど、捜査の怠慢が次々と露呈。つきまとい行為などを警察に相談しても「民事不介入」と一蹴される時代だった。議論は国会にも波及し、翌12年5月18日、詩織さんの22回目の誕生日にストーカー規制法が成立。新たな闘いのスタートだった。

 憲一さんは事件後、実名を公表して取材対応や講演に全国を駆け回り、ストーカー被害の防止を訴えた。心ない言葉や好奇の視線にさらされることも多かったが、「娘と同じような思いをする被害者を出してはいけない。これは、生かされた自分の使命」。変容するストーカーと闘う社会に、関わり続けていく。憲一さんは、そう決めている。

                 ■ ■ ■

 桶川事件を機にできたストーカー規制法は昨年末、小金井事件を受けて改正された。ツイッターを含む会員制交流サイト(SNS)上でのつきまとい行為を新たに規制対象に認定した。10~20代を中心に広がる「ネットストーカー」も念頭に規制の網を広げた格好だが、実は、改正のチャンスはそれ以前にあった。

 事件から遡(さかのぼ)ること約1年8カ月。26年8月、憲一さんが参加するストーカーのあり方に関する警察庁の有識者検討会は、すでにSNSによるつきまとい行為を予見して「速やかに規制対象とするべき」とする報告書をまとめていた。

 「時代とともにストーカーの“道具”も変化する。過去の事件から容易に想像できることだった」。憲一さんはあらゆる通信手段を規制対象とするよう訴えたが、国の対応は遅れ、新たな事件が起きた。「『助けて』という人を守れる国にしてほしい。それだけなんです」。“当事者”の声はすぐには届かなかった。

                   ◇

 変わる警察「まだ意識甘い」

 「この番号は…以前にも110番通報があった被害者です!」

 DV(家庭内暴力)・ストーカー犯罪などを専門に扱う、警視庁の人身安全関連事案総合対策本部(東京都中央区勝どき)。事態対処チームの入る1階フロアには、都内の各警察署からの“速報”電話がひっきりなしに鳴り響く。

 三鷹市で平成25年10月に起きたストーカー殺人事件では、三鷹署が被害者から事前に相談を受けていたにもかかわらず、被害を防ぐことができなかった。その苦い教訓から、警視庁では同年12月に80人体制で同本部を発足。ストーカー事案を警察署任せにせず、専門部署で一元的に対処する体制を整えた。

 増え続けるストーカー事案に対応するため、現在は人員も210人超にまで増強。通報に迅速に駆けつけられるよう、初動支援班約20人が3交代、24時間365日体制で勤務に当たっている。出動件数は1日10件前後。昨年1年間の出動件数は2033件と、前年の約1・5倍に急増した。

 同本部の佐藤雅一理事官は「相談者に危害が及んだらわれわれの負け。家族が狙われるケースもあり、スピード感を持って対応する必要がある」と説明。ストーカー事件に対する警察の認識は変わりつつある。

                 ■ ■ ■

 警察庁によると、全国のストーカー事案の警察への相談件数は、2万件台を突破した25年以降高水準で推移。内容も多様化、複雑化してきている。28年の統計では、配偶者や交際相手(元を含む)が54・4%と半数を超える一方、「面識なし」「関係不明」も13・3%に上った。特に若年層ではインターネットを介した交友関係が主流になりつつあり、実態把握はより困難になっているという。

 加害者への再犯防止の支援も喫緊の課題だ。28年4~12月に警察が医療機関の受診を加害者に働きかけた293件のうち、実際に治療が始まったのはわずか73件と4分の1に満たない。警察関係者は「ストーカーは人間の心が生む犯罪。事件に発展する寸前で立ち止まるケースも多く、社会全体で関わっていく必要がある」と指摘する。

                 ■ ■ ■

 桶川事件以降、警察はストーカー事件で失態を繰り返し、その都度、法改正や組織改編で対応してきた。

 「何かが起きて初めて、法整備が進むという流れは変わっていない。同様の事件を見聞きする度に、当時のことがこみ上げてくる」

 24年11月に神奈川県逗子市で元交際相手の男にストーカー行為を受けた末、殺害された三好梨絵さん=当時(33)=の夫(47)は、そう打ち明ける。

 事件では、女性の結婚を知った男が「刺し殺す」などと脅す内容のメールを1日に100通近く送信。男は警察に脅迫容疑で逮捕され、執行猶予付きの有罪判決が確定したものの、その後もメール送信は止まらなかった。警察はパトロールを強化するなどして対応したが、当時、メールの連続送信は規制法の「つきまとい行為」の対象外。再度の立件は見送られた。

 そんな中、男の「殺意」は膨らんでいった。市役所から女性の住所などの情報が男に漏洩(ろうえい)し、最悪の結果を招いてしまった。

 事件から5年。法律は2度変わった。警察、行政は対応改善の取り組みを続けている。だが、それで十分なのだろうか。

 「人の『命』に関わる情報を扱っているという意識が、まだまだ甘いのではないか」。社会全体がストーカーにどこまで向き合っているのか。根本的な意識改革を、夫は望んでいる。

                   ◇

 IT(情報技術)の進展とともに、社会構造が大きく変化し、これまで考えられなかったような事件が次々と起きている。社会を映し出す鏡といわれる犯罪から「平成」をひもとく。