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「日本に強い愛着…情熱的な男」判事の三男、ヒューホ・レーリンクさん(73)の話

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「日本に強い愛着…情熱的な男」判事の三男、ヒューホ・レーリンクさん(73)の話

オランダの首都アムステルダムで、父レーリンク判事の日記や書簡を前に、思い出を語る三男のヒューホさん(三井美奈撮影) オランダの首都アムステルダムで、父レーリンク判事の日記や書簡を前に、思い出を語る三男のヒューホさん(三井美奈撮影)

 父は「東京裁判に多くの過ちはあったが、国際司法にとっては重要な一歩だった」と話していた。当初は日本を厳しく裁こうと思っていたが、日本や日本人に触れて強い愛着を持つようになったようだ。仕事一辺倒で家ではとっつきにくい父だった。死後、日記を読んで情熱的な男だったと知った。

 オランダは第二次大戦中、旧植民地インドネシアが日本軍に占領されたため、元捕虜の反日感情は東京裁判後も強かった。文官無罪を主張した父は、強い批判を受けた。1971年、昭和天皇のオランダ訪問に激しい抗議運動が起きた際、父はテレビのインタビューで「戦争中にひどい犯罪はあったが、天皇に罪はない」と発言し、罵声を浴びせられた。ベトナム戦争時には「日本が裁かれたように、米国も裁かれるべきだ」と私に話した。

 父が無罪を主張した東郷茂徳・元外相の著書が、自宅に郵送された時のことを鮮明に覚えている。父は包みを開けてエディ夫人の言葉を見た途端、感激で泣きそうになった。父は78歳で肺がんで死去した。最期は呼吸困難に苦しみ、医師の同意を得て、当時は非合法だった安楽死を選んだ。(談)

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