産経ニュース

ローカルジャーナリズムの死と「民主主義の衰退」 ある地方紙の運命に見たメディアの未来図

WIRED WIRED

記事詳細

更新


ローカルジャーナリズムの死と「民主主義の衰退」 ある地方紙の運命に見たメディアの未来図

 米国で地方紙の統廃合や廃刊が加速している。ニュースはネットで無料で見るものであるという“常識”の先にあるのは、単なるマスメディアの衰退だけではない。そこにはローカルコミュニティーの死、そして民主主義の衰退という不幸な結末が待ち構えているのかもしれないのだ。米カリフォルニア州でピューリッツァー賞を受賞した地方紙の栄光と衰退から、その未来を読み解く。

PHOTOGRAPH BY BANK PHROM/UNSPLASH PHOTOGRAPH BY BANK PHROM/UNSPLASH

トーマス・ピールの友人は、彼をイライラさせ続けていた。その男はFacebookに、「きみが受賞するんだろうか?」「ぼくはきみが受賞すると思うよ」「受賞したらどうする?」だなんて、立て続けに書き込んでくるからだ。

「やれやれ、いい加減にしてほしい」。そう、ピールは思った。彼は昔ながらの“権力の番人”とでもいえそうな根っからの記者で、その青い目からは鋭い視線を投げかけてくる。寡黙であるほうが好ましいと考えているタイプである。

2017年4月のある月曜日。カリフォルニア州オークランドの地方紙『イーストベイ・タイムズ』に勤務するピールと彼の同僚たちは、ジャーナリズムの世界で最も大きな賞を受賞するかどうか、その瞬間を待ち受けていた。

イーストベイ・タイムズは、オークランドにある倉庫で36人の犠牲者を出した火災について、5カ月にわたって報道してきた。火災現場となった建物は通称「ゴーストシップ」と呼ばれ、アーティストたちが住むために違法改築したことが避難を困難にした。この悲劇について同紙の記事では、オークランド市の建築行政の問題と住宅供給難が引き起こした人災の側面があるとして、「オークランド史上最悪の火災」と書き立てた。

ピールはシャンパンを箱買いしておくべきかどうか迷っていた。週末に店で特売しているのを見つけたからだ。でも、あらかじめ買わなくてよかったのだ。縁起がよくないかもしれないし、どうせ受賞しないだろう。もし受賞していたら、新聞社の編集部には事前に連絡があったはずだよな、と自分にい言い聞かせる。

ピールは編集部にある自分のパーティションでイスに腰掛け、“落選”の敗北感を覚えながら心を落ち着かせていた。社内では、デイヴィッド・デボルトとマティアス・ガフニの2人の同僚が、4人の犠牲者を出した別の火災の記事を執筆していた。

そしてあと数分で正午になろうというとき、スタッフたちが発表を見ようとガフニのノートパソコンのまわりに集まってきた。

「ピューリッツァー賞ニュース速報報道部門は、カリフォルニア州オークランドのゴーストシップ大火災を報道した『イーストベイ・タイムズ』に決まりました」

その知らせに、歓喜の嵐が巻き起こった。これはシャンパンが必要になる。葉巻もだ。記者たちが葉巻をくわえながらメインストリートを闊歩していると、ピールが出くわした友人が道ゆく人々に向かって叫び始めた。「こいつらはピューリッツァー賞をとったんだ。ついさっき、ピューリッツァー賞をとったんだ!」

ピューリッツァー賞、そして大量の解雇

それから1週間後。イーストベイ・タイムズのオーナーであるベイエリア・ニュース・グループは、同社の編集担当者とデザイナーの多くを解雇することを発表した。だが、これにはほとんどの人は驚きを示さなかった。

かつて新聞広告に投入されていた予算のうち最大80パーセント程度が、2000年代以降はイーストベイ・タイムズの本社からさほど遠くはない場所に流れ込むようになっていたからだ。それはマウンテンヴューやメンローパークに静かにたたずむ、大手テック企業のところである。それがメディア企業に大きな影響を与えたかといえば、それはイエスだろう。

では、いい方向へと向かったのか、それとも悪いほうへと向かったのか。

米国で新聞が広告の世界を支配していたのは、1890年代から1950年代ころまでの比較的わずかな期間だった。新聞各社が輪転機を保有していたので、地元企業には広告を各紙のページに掲載する以外の選択肢がなかったのだ。

そしてやってきたのがテレビの台頭と、続くインターネットの登場である。その気質ゆえに新しいことへの対応が遅れたジャーナリストたちは、新しいデータ収集のチャネルとの接点を増やそうとしなかった。具体的には、グーグルのAdSenseやダブルクリック、そしてその後のフェイスブックである。

新聞がようやくオンライン化され、デジタル広告が進化しても、紙媒体の広告の損失を補うには不十分だった。かたやグーグルの売上高(その大半は広告である)は、04年から16年にかけて32億ドル(約3,600億円)から895億ドル(約10兆円)へと激増した。

これと同時期に、ローカル企業が紙の新聞広告に投入した金額は444億ドル(約5兆円)から129億ドル(約1.4兆円)へと減少している。ローカル広告に投じられた費用を追跡調査する調査会社のボレル・アソシエイツによると、日刊での発行に対応できる地方紙は、この5年以内でごく少数しか生き残れないのだという。新しいデジタル広告の売り上げは、ほぼすべてグーグルやフェイスブックに流れていて、出版業界にはごくわずかしか残らない。

フェイスブックやグーグルが考える“償い”

こうした流れにも、ひと波乱が起きている。ドナルド・トランプが当選した米大統領選後、リベラル政治家や保守のうるさ方、そしてメディアのお偉方たちが自分たちの怒りをシリコンヴァレーに向けたのだ。彼らは選挙前にフェイクニュースをばらまく役割を担ったとして、グーグルやフェイスブック、ツイッターなどを激しく非難。この10月には、上院の小委員会が3社の幹部を呼び出し、ロシアを支持する広告代理店が購入した政治広告(一部は1億2,600万人以上のフェイスブックユーザーに表示された)について厳しく追及した。

続きを読む

このニュースの写真

  • ローカルジャーナリズムの死と「民主主義の衰退」 ある地方紙の運命に見たメディアの未来図