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【WOMEN】「花は人生」 業界切り拓く フラワーアーティスト、石橋恵三子さん

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【WOMEN】
「花は人生」 業界切り拓く フラワーアーティスト、石橋恵三子さん

明るい髪色と金のピアスが定番の石橋恵三子さん。「おしゃれは楽しまなきゃもったいない」と話す(産業編集センター提供) 明るい髪色と金のピアスが定番の石橋恵三子さん。「おしゃれは楽しまなきゃもったいない」と話す(産業編集センター提供)

 ときおり、花と、黒柳さんやゲストの衣装の色がシンクロすることがある。6月26日の放送では黒柳さんの赤、女優の梶芽衣子さんの白の衣装に対し、生けていたのは赤と白のバラ。周囲はこうした現象を“石橋ミラクル”と呼ぶ。発現したときは「私が抱いたイメージがその方と合っていたんだと、うれしくなってスタジオの隅でガッツポーズします」。

「華道」から「料理」まで

 昭和15年、東京生まれ。自営業の両親の元でおてんばに育った。中学生のとき、「身を立てる芸を持ちなさい」という母親の教えから華道部に。すると「『筋がいい』と、先生にご自宅でも稽古をつけてもらい、2年で松風(しょうふう)流の免状をいただきました」。

 高校以降は花から離れたが、姉の嫁ぎ先の生花店を手伝い始めたことが人生を大きく動かした。すぐ近くにあった日本教育テレビ(現・テレビ朝日)に花を納入するうちに、華道の心得があると知ったスタッフからアレンジメントを依頼され、さらには「いつの間にか、料理まで引き受けることになりました」。実家が料理屋の母親の影響で身についた、料理の腕と知識を買われた。

「花は人生そのもの」

 こうして“消えもの係”に就任。師匠や上司と呼べる存在はいない。だから常に「自分で決めた合格点」を目指し、納得のいくでき栄えを追求した。こうした姿勢が信頼を呼び、仕事はテレビ業界の伸び盛りとともに軌道に乗っていった。

 28歳のとき、同局の男性と結婚。30代で母親になったが、仕事を辞めるという選択肢はなかった。「ずっと一緒にいられない分、心健やかに育てる環境で、教育という財産だけは身につけてあげよう」。幼稚園に車で迎えに行き、そのまま仕事場に連れて行くこともしばしば。車中では道路標識で文字を教えたり、九九を教えたりした。

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