産経WEST

【関西の力】王国誕生(1)宝塚歌劇場、甲子園球場…まちづくりは私鉄が原動力 今に続く経営モデル

産経WEST 産経WEST

記事詳細

更新

【関西の力】
王国誕生(1)宝塚歌劇場、甲子園球場…まちづくりは私鉄が原動力 今に続く経営モデル

 大阪府池田市の住宅街。阪急電鉄の創業者、小林一三の旧邸で今年1月25日、茶会が開かれた。この日は小林の命日で、周辺住民ら約300人が没後60年となった故人をしのんだ。小林は茶人としても知られ、膨大な美術品を集めた文化人でもあった。集めた品々は逸翁(いつおう)コレクションと呼ばれ、旧邸はいま記念館として一般公開されている。

小林一三の主な業績 小林一三の主な業績

日本人の典型的なライフスタイル確立した「小林一三」

 記念館の管理を行っている阪急文化財団の仙海義之さんは「権威にこだわらないきさくな人だったと聞いています」と話す。

 記念館のある池田市は、阪急宝塚線の開通とともに宅地開発が進んだ街。小林が行った鉄道の経営スタイルは、広がった。田園都市に暮らして、大都市に通勤。休日は電車に乗ってレジャーを楽しむ-。いまに続く日本人の典型的なライフスタイルがこうして確立された。

▼【関西の力】タニマチ気質(3)日本電産トップの英断 名門スケート部存続、「1番以外はビリ」自腹で報奨金

 仙海さんは、「小林の発想は、単なる鉄道敷設や住宅開発にとどまらない、まったく新しい生活の提案だった」と指摘する。

 こうしたやり方は、阪神電車による甲子園球場(兵庫県西宮市)や京阪電車のひらかたパーク(大阪府枚方市)など、関西の私鉄各社も導入。鉄道会社が大規模集客施設を手がけるという点でみると、東武鉄道による東京スカイツリー(東京都墨田区)、近鉄の日本一高いビル、あべのハルカス(大阪市阿倍野区)など、現在にも引き継がれる手法ともいえる。

もとは文学青年で小説家志望がまちづくりのアイデアマンに

 阪急モデルを確立した小林はもともと文学青年で小説家志望。実業家としての頭角を現すのは、勤めていた三井銀行をやめ、阪急の前身にあたる箕面有馬電気軌道の専務となったころからだ。明治40年、小林34歳のときのことである。

続きを読む

このニュースの写真

  • 王国誕生(1)宝塚歌劇場、甲子園球場…まちづくりは私鉄が原動力 今に続く経営モデル
  • 王国誕生(1)宝塚歌劇場、甲子園球場…まちづくりは私鉄が原動力 今に続く経営モデル

「産経WEST」のランキング