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【虎番疾風録(21)】聞きしに勝るやりにくい球団

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【虎番疾風録(21)】
聞きしに勝るやりにくい球団

西武の根本監督に引っ張られて「後任監督」に就任した広岡氏 西武の根本監督に引っ張られて「後任監督」に就任した広岡氏

 広岡達朗と根本陸夫の関係は、広岡を「第1候補」にしていた小津球団社長の前に“大きな壁”として立ちはだかった。

 根本は広島の監督を務めていた昭和45(1970)年に、当時、サンケイスポーツの評論家だった広岡を「守備コーチ」として招(しょう)聘(へい)。自分の手元で“帝王学”を学ばせた。「最強軍団」を目指し、チームの内情を熟知するために2年間、西武の監督を務めた根本にとって、次のステップは、自らは球団フロントとしてチーム作りに専念し、現場には“勝つための監督”広岡を据えることだった。

 「私にとってはフロントが意欲を持って企業努力している球団が魅力です。そんなところで野球をやりたい。はっきりいって、西武は努力しています。チームを強くしようという熱意を感じています」

 どんどんと西武へ傾いていく広岡の心。小津社長には止める術(すべ)がなかった。

 〈広岡さんがダメでも、在野には候補となる優秀な人材が他にもたくさんいるでしょう?〉平本先輩に尋ねた。

 「むずかしいなぁ。結局、中西さんも“外様意識”があって、阪神という人気球団の重圧、OBの目を気にして遠慮がちなところが見えた。伸び伸びやれたとはいえん。阪神という器の中で“外様監督”が成功するには、よほどの実績と信念がなければ難しい。監督やコーチより選手が大事にされる傾向。“商品価値”が優先する昔からの伝統的な欠点。外部から招かれた監督やコーチが口をそろえていうた言葉はな」

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