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【高見国生の認知症だより(34)】先見の明「いっこう先生」の思い出…NHK「とおりゃんせ」モデル

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【高見国生の認知症だより(34)】
先見の明「いっこう先生」の思い出…NHK「とおりゃんせ」モデル

 京都の医師・早川一光(かずてる、通称いっこう)先生が、2日に亡くなりました。「認知症の人と家族の会」顧問、94歳。年配の方は、昭和57年の田村高廣さん出演のNHKドラマ人間模様「とおりゃんせ」を覚えていませんか。地域医療に情熱を傾ける医師の物語。そのモデルが早川先生なのです。

京都府立医科大神経内科の講座で認知症の女性(83)が取り組んだ「コラージュ画面からのクロッキー」。色紙の組み合わせを楽しんだ後に、墨とオイルパステルで線の表現を加え、四角でない動きのある絵画作品に仕上げた(「京都<臨床美術>をすすめるネットワーク」提供) 京都府立医科大神経内科の講座で認知症の女性(83)が取り組んだ「コラージュ画面からのクロッキー」。色紙の組み合わせを楽しんだ後に、墨とオイルパステルで線の表現を加え、四角でない動きのある絵画作品に仕上げた(「京都<臨床美術>をすすめるネットワーク」提供)

 昭和25年、京都・西陣の住民とともに白峰診療所を創設。その診療所が現在の堀川病院へと発展し、院長、理事長を務めました。“わらじ医者”とも呼ばれた地域医療の先駆けで、「家族の会」の生みの親でもありました。

 多くの医師が「痴呆は医療の範(はん)疇(ちゅう)ではない」と言って関わらなかった1970年代に「西陣の路地は病院の廊下」と往診に回ったある家で、糞(ふん)尿にまみれて柱にくくられた老女を発見。そのすさまじさと家族の苦労を知り、大きな社会問題になると見抜きました。しかし当時は、認知症の薬も社会的支援体制もない時代。医師だけの力では解決できないことを悟り、介護する家族同士がつながることを呼びかけました。

▼【高見国生の認知症だより(33)】今より介護が大変になったら…「本人の幸せ」を考えよう

 私もそれに応えて集まった一人です。「家族の会」の始まりでした。会が誕生してからは運営には一切口出しせず、最後まで応援団の役割に徹してくれました。先見の明があるとともに、当事者の自立を支える潔い態度でした。

 早川先生の講演は、歌をうたい、舞台を走り回り、聴衆を笑わせて泣かせました。しかし話の芯には、戦争反対、民主主義守れ、住民は団結せよの思想が脈打っていました。

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