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【関西の議論】生駒ケーブル開業100年秘話、廃線の危機救った山上遊園地の「飛行塔」

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【関西の議論】
生駒ケーブル開業100年秘話、廃線の危機救った山上遊園地の「飛行塔」

開業当時の生駒ケーブル。線路脇では駕籠(かご)が通過待ちをしている(近鉄提供) 開業当時の生駒ケーブル。線路脇では駕籠(かご)が通過待ちをしている(近鉄提供)

 全国にはそのまま廃線となったケーブルカーもあるが、生駒ケーブルはどうにか生きながらえる。飛行塔が海軍の防空監視所となり、レールの完全撤去を免れたのである。「塔の上層にある展望台から監視していたと聞いています」。生駒山上遊園地の広報担当、木村洋三さん(45)が説明してくれた。

 山上遊園地からは大阪平野や奈良盆地はもちろん、大阪湾と紀伊水道をつなぐ紀淡海峡まで一望できる。米軍機の襲来を監視する上で、生駒山上は絶好のロケーションだった。

 軍はゴンドラとそれをつるすワイヤ、内部にあったエレベーターを外し、はしごで展望台に上って上空を監視した。宝山寺1号線は山上への行き来のため残されたが、「レールがもし2つとも撤去されていたら、車の普及に押され、(生駒ケーブルは)復活していなかったかもしれない」。車両の設計など約30年にわたって生駒ケーブルに携わる近鉄信貴生駒鋼索線区の黒川高行区長(52)はそう話す。

 当時の運行日誌には、こんな記述が残っている。「運輸営業休止実施」(昭和19年2月)▽「宝山寺-生駒山上間 便乗停止 海軍専用トナル」(同5月)▽「第2号線ヨリ撤去作業」(同6月)-。空襲警報の発令と解除を示す「警発」「警解」の文字も並び、戦争の生々しさを伝えている。

 終戦を迎えた20年8月、生駒ケーブルは1年半の休止期間を経て営業を再開。28年には宝山寺2号線も復活し、次第に活気を取り戻していく。「飛行塔がなかったら、生駒ケーブルはなくなっていたかも」と黒川さんが言えば、木村さんも「ケーブルカーと遊園地。お互いがあってこそ今がある」と実感を込める。

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