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【夕焼けエッセー】父と鮎 

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【夕焼けエッセー】
父と鮎 

 今年も鮎の季節が巡ってきた。徳島の吉野川近くで生まれ育った父は、鮎が大好物だった。若い頃は夏になれば、幼なじみと連れ立って鮎獲りに行っていたらしい。

 ある年の夏の終わり頃、父と私、妹2人の4人で法事のため徳島に行くことになった。私たちが子供のとき、母屋とよんでいた父の生家に行った。何年ぶりかの母屋は外形は変わっていなかったけれど、中はすっかりリフォームされていた。怖かったトイレは最新の洋式トイレに変身し、台所はオール電化だった。そして広い台所の中央には大きな囲炉裏(いろり)が設(しつら)えられていた。

 やがて夕食の時間になると、なんと串に刺された焼き立ての鮎が運ばれてきたのだ。父の顔が思わずほころんだ。従姉妹(いとこ)が「叔父さんが来るんで○○さんに鮎を持ってきてもろたんですわ」と言うと、父は「ほうかほうか」と言いながら目を細めている。その他にも囲炉裏で焼いた父の大好きな里芋(さといも)や豆腐の田楽が皿に盛られた。

 叔母や姪(めい)に囲まれ、お酒もほどほどに飲んで赤い顔をした父。その笑顔は私たち娘にもめったに見せない楽しそうな顔で、今も忘れられません。それから2年後、病床の父は、私たちの名前と3人仲良くと震える文字でノートに記して亡くなりました。

 今晩は鮎を食べながら父の思い出に浸りたいと思います。

辰川富栄(68) 兵庫県尼崎市

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